2021-01-01から1年間の記事一覧

月が綺麗な日 3節

深い深い海からとぷんと顔を出すように微睡から解放される。するすると絡みつく水の束からひとつひとつ離れて行って体が動かせるようになって。まだ少し重さの残る体を起こすと、ぼやけた視界にだんだんピントがあう。未知の生物を拾うに当たって窓を全部塞…

月が綺麗な日 2節

まあまあ、と背を押されて椅子に座らせられる。机の上には湯気の立つスープにパン。大ぶりな野菜が入っていてコンソメの香りもいい。こんな場面じゃなかったら、非常に食欲をそそられるべきだろう。そう、隣のこの男がいなければ。「さあさあ、どうぞ」なん…

祈り

「約束するよ、君に嘘はつかない」 風が冷たくなるころだった。差し出された手はやわらかくて、やっぱり自分がとっていいのか不安になってしまった。こんな持ってる人が、なんで、自分なんか。 それももう一昔も前のことになろうとしていて、月並みに時の流…

窓枠に切り取られた青空が貴方を攫ってしまいそう

「今日帰りにカラオケ行こうぜー」 騒々しい教室。放課後の高校生といったらおおよそこんなものかもしれないが、翔湊はそれが嫌いだった。うるさくて、周りを省みないくせに、どこか巧妙に空気を読む。遠まわしでしかし明確な拒絶。聞き耳をたてたくて立てて…

冷たい風が頬を刺すから、あなたの肩に顔を埋めた

翔透パロシリーズ① ♀×♀ 同級生学パロ

「冷食 とけてて 怒られた。」

暑い日の昼下がり。 こんな日にわざわざ外に出たくなかった。母親に頼まれなければ絶対に家にこもっていた。手で日差しを遮って買い物袋を握りなおすと見覚えのある人影に気が付く。交差点で去っていく誰かに大きく手を振っていた。こちらにはまだ気づいてな…

月が嗤うのは

なんでかは知らない。 こんな何年もずっとこうなのにわからないんだけど、きっとどこかの誰かは知ってるんだろうな。いや、もしかしたら俺以外はみんな知ってるかもしれない。あるところではそれが常識で、そんなことも知らない俺はとても馬鹿にされてしまう…

月は綺麗だったろうか

それは、天に瞬く星よりも、漆黒に君臨する月よりも、焔々としたごみが、輝いていた日だった。 なんだか嫌な感じがした。 いつものことだ。とうにのみ終わったカップを軽くすすいで外套を深くかぶる。幸い陽は出ていないが、これは彼を彼と認識させるための…

月が綺麗な日 1節

「は、は…っ」 普段は人気などない森の中、地を蹴る足音が一つ。しかしそのリズムは小気味良いものではなく、開いた口から漏れる息遣いは酷く苦しげだった。 うっそうと茂る枝葉の隙から時折、煌々と輝く月明かりが彼の頬を照らす。それを反射した汗は輪郭を…

ほんとうは、とじこめてしまいたかったのかもしれない。

どうせ今年だって会って一番に言ってくれるんだ。ほしいものはあるか?って聞かれたこともあったけど別に何か物が欲しいわけじゃない。そうすると少し高めのバーに連れて行ってくれるわけだが。 「あ、翔湊!探したよ」 「ン」 「誕生日おめでとう」 「ドー…

「誕生日おめでとう!」

誕生日なんて元々どうでもよかった。祝われたことなんて数えるほどしかなかったし。自分の誕生が祝福されるのが当然と思えるほどの存在だと思えたことなんてない。…だけど、アンタがあの日から毎年律儀に祝ってくれるものだから今年は、なんて期待してしまう…

夕焼け色のスチール

「じゃあ、僕こっちだから」 「ああ」 部活のない金曜日、学校で勉強してから、二人でこの自販機のところまで一緒に帰る。相手のペースに合わせるため手押しされる自転車が二人の間に微妙な距離を作る。あの事件の日からどちらから言うでもなく続く習慣は、…

1.蜃気楼

夢幾夜 「あんたの存在があまりにも俺にとって都合がよくて、もしかしたら、夢だったんじゃないかなんて思うんだ。」 満天の寒空の下、ベンチに二人となりあい他愛ない言葉を繰り返していた。無難な話はもう話しつくしてしまって何も話すことがないようにも…

クモ嫌いの戯言

今度はこのシナリオをやるんだ、と電話越しに声が響き、ペポンという無機質な音と共にあるサイトのリンクが送られてきた。 舞台は廃墟。主人公である双子はそこを探索してやがて物語の真実へたどり着く。そこだけ切り取って述べてしまえばよくある話と言える…

青春の喜び、切望、愛の後悔、私を信じて

花なんか別に好きじゃなかった。 だから高校からの友人が花を使った仕事をしたいんだといった時も、ふうんって、ただそう思っただけ。元から植物が好きな奴で、テストはいつも赤点ぎりぎりのくせに生物だけは高得点で。それにいろんな花言葉を知っていると諳…

舞台裏の一幕 新年の抱負

「「あけましておめでとうございます」」 二人は保護者から与えられた住居で向いあっていた。曰く、新年のあいさつとは神聖なものであり正しい手順を踏んでさわやかな気持ちで行わなければならない。涼緋仁は一般常識などこれっぽっちも持ち合わせていなかっ…

舞台裏の一幕 ファーストインプレッション

「おう、久しぶりだな。」 長めの髪を耳の下で軽く結った青年、ハルタは朗らかに声をかけた。相対するはいつぞやの飲み会で同席した二人。ハルタは彼らのタキシード姿を目に焼き付けんと目を大きく開いた。今ならプリクラ並みに盛れてるかもしんね。 「おう…

世界で一番、綺麗なもの 第十話

「おいキヨヒト!!!何泣かせてるんだ!!!!!!」 「ウワッ、ヤ、俺は別に探してなんか…は、なに、?」 「泣いてないですっ!!!!!!!!!!!」 アオイが帰ってこないのにしびれを切らしたキヨヒトは魔力の気配を辿っていた。お相手は先ほどまで直…

嘘にするつもりなんて

あたたかい日差しが降り注ぎ、通り抜ける風が足元の桜の花びらを攫う。今日から四月。まだまだ寒い日もあるが、今日みたいに暖かい日は上着がいらないほどであった。主人の上着を丁寧に腕にかけ、ペースを合わせ庭内を散策する。ここで生まれ育った彼女に案…

合意形成

仄暗い部屋、軋むベッド、熱い吐息 サラリと胸を撫でられながら請われる許可に恒例となってしまったが首を縦に振る。 何もない胸なんか触って楽しいのだろうか。ただ、滅多に染まらない頬が蒸気に浮かれているのがたまらなくて。それに、自分の持っているも…

もどかしい体温

「………………ここ、触ってもいい?」 「ん…」 息も絶え絶えに何とか首を振って意思表示をする。はじめてしたときもそうだったが、彼はすごくすごく丁寧に、そうやりすぎなほどに。ゆっくりと指を進める。GOの合図が出るまでは決して動かない。 交際を始めてから…

今日は何の日? ver2 試合に負けて勝負に勝つ

「わ、忘れてた――――――――――!!!!!」 今日は立春。東風凍解、春の風が吹きはじめる季節になりました。雪解けの土の中からフキノトウも顔をのぞかせるようです。春一番も間近、私は鶯が鳴くのを楽しみにしております。いかがお過ごしでしょうか、といった具…

今日は何の日? ver1 かわいいのは?

「葵様!明日お伺いいたしますね!」 そんなメールが届いたのは昨日の夜8時。構いませんが、そういうことはもう少し早く言っておくべきなのではないですか?別段構いませんが。日中は用事があるので勝手に入っているよう返信するとすぐに了解した旨返ってく…

世界で一番、綺麗なもの 第九話

不甲斐ない 何もできない。 そんな自分がいつも嫌いだった。 教会に入り新たな力、神の恩恵を手にした人間たちはその力の強さで神からの愛を計り始めるようになって。家を失い教会に保護されるよりも、その新たなる力を求めて家を捨ててくるものが多かったこ…

世界で一番、綺麗なもの 第八話

悠清葵魔法使いパロ8話 カプ表現はなかったつもりだった。ただ、清葵に見える表現あり。 嘔吐注意 葵の魔力の流し方を指導する清仁。それぞれの思惑とは。

世界で一番、綺麗なもの 第七話

ハルの先導に続いて森を進む。 「ていうかパーティー実質一人ってお前は働かない気かよ」 ハルは決闘で魔法で攻撃してこなかったところを見る限り戦力外だというのはわかるが。 「私、回復要員なので。」 語尾にハートマークでもつきそうなわざとらしい声で…

世界で一番、綺麗なもの 第六話

なるほど、先ほどのビンタはヒットポイントのためだったらしい。 つまり、こうなることを予定していたというわけか。 自分は防御に徹し、相手の力が尽きたところで物理的にヒットポイントを削る、そういう作戦だったわけだ。 …いやいや、そんな話あってたま…

世界で一番、綺麗なもの 第五話

残HP キヨヒト …100% ハル …100% 液晶から目を離せなかった。信じられない。その間にも放たれる魔法弾。しかし、直撃しているはずのそれは微塵も彼女のHPバーを動かすことはなかった。あれだけの攻撃をすべて打ち消すというのは、並大抵のことではない。守…

序章

ここはつまらない。 何をしても返ってくるのは”模範回答”ばかり。 そんな空間に、いや、求められた模範解答を返してしまう自分に、嫌気がさして、 その日俺はその箱庭を飛び出した。 そのために貯めていた金でネット喫茶に泊まったり、たまには公園のベンチ…

世界で一番、綺麗なもの 第四話

四角い真っ白の壁に囲まれた一室。こどもが練習で使うような闘技場だ。 ただしそこにある空気は普段の愚かしくも明るいものではない。 あの冷え冷えするほど真っ黒の瞳で揺らめく感情。彼のその何かに囚われているような物言いは前から気になっていた。彼を…