今度はこのシナリオをやるんだ、と電話越しに声が響き、ペポンという無機質な音と共にあるサイトのリンクが送られてきた。
舞台は廃墟。主人公である双子はそこを探索してやがて物語の真実へたどり着く。そこだけ切り取って述べてしまえばよくある話と言えるかもしれない。ただ、今回はネクロニカの要素が入っているようで、気持ちは少し、期待で浮足立っていた。
『茶釜を開くと大きな真っ黒な影が貴方に飛びかかる。【回避】失敗で顔にわしゃっと当たってから地面に落ちる。SANc0/1
それは手のひら大の蜘蛛だ。デカイ。すごくデカイ。同じ部屋にいるだけで震え上がる大きさだ。』
蜘蛛
蜘蛛だ
蜘蛛が顔に
しかも大きい蜘蛛
ものすごい大きい蜘蛛
つい自分の眼前に想像してしまい、「ウワ」と声を漏らし慌てて口を塞ぐ。位置的にも口を開けたら入ってくるかもしれない。
でも廃墟だし。虫くらい出てくるよ。仕方ないよ。
そのまま読み進めると愉快な少女が出てくる。うん、とても愉快でロールプレイのやりやすさでいうとS級だろうが、こいつのせいで蜘蛛でてくんのか。くそじゃん。
そのあと、シナリオ上では順調に探索が進んでいき、いよいよ種明かし。最初の部屋に戻って双子は真実を知る。
『ずっと下を向いたままの誘拐犯。そっと顔を覗き込むと、目は白濁し、舌は異様なほど長くだらりと垂れ下がり、そして…男の首もとから顔へとワサワサ上ってくる大きな蜘蛛が見えた。これは首吊り死体だ。』
ウワーーーーーー!!!!!!!!!
蜘蛛が
大きな蜘蛛が
皮膚接触してる!!!!!
ここで二度目の「ウワ」を発動。電話越しに「何に反応してんの」と笑う声が聞こえるが、今は忙しい。簡潔に「今、首吊り死体」と答えてやる。
もう無理、ほんとむり。
しかも首元から顔へってことは服の中にいたってこと!?無理!
このシナリオは読み終わった後そっと閉じたし、NPCのロールプレイを任されても、シナリオ当日まで読み返すことはなかった。
そして当日。あの時の衝撃も多少は薄れ、なんやようわからん愉快な嬢ちゃんのロールプレイすればええんやなという情緒でパソコンを開く。
SKPとしての仕事はその少女のロールプレイのみ。出番がない時はたいそう時間を持て余すし、楽だなと高をくくって、探索者たちと同じタイミングで送られてくる文章を読んでいた。
自分で読んでいる時とは違って各所に読むための時間がたっぷりととられる。それにKPが素晴らしい朗読を披露してくれる。
「蜘蛛が顔に飛び掛かってくる」
「首もとから顔へ蜘蛛がのぼる」
それを聞いた瞬間、理解せざるを得なかった。あの黒くて八本足の生き物が顔面を、首元を、肩を這いずり回っていた。
思わずじっとしていられなくなる。今、自分の体に”それ”がいるのでは。そう思うといてもたってもいられなくて、でも指一本動かせなくて椅子の上で固まった。びた、ととまると、加湿器の音がやけに大きく響き、襟元の服と肌の擦れ合う感覚が敏感に感じられる。鎖骨をなぞって、耳の下を這いあがって、頬へ。ありもしない”それ”の感覚を感じて呻き声をあげる。震える指でそっと肌をなぞって、ああ、いない。やっと安堵する。
でも、どこかにいるんじゃないか。どうしてもそう思えてしまう。
イスから足を下ろせばその下に。
皮膚が粟立つその背に。
布団に入ればその中に。
水を飲もうとすればそのペットボトルの中に。
”それ”がいるんじゃないか。そう思って何もかもが怖くなって、一歩も踏み出せない。
わずかながらも抵抗にとそれが出てきた描写時にKPに恨み言は吐いてしまったが、それでも、この皮膚の上の感覚は消えない。
よく、そういうところで過敏になってしまうことがある。
布団に入って目を閉じた後の秒針の音。
拭いても拭いても取れない埃。
そして居もしない虫の妄想の感覚。
生きづらいなとは思うし、そういうの気にしないほうがいいってよく言われる。
それができたら苦労してないんだな、これが。