今日は何の日? ver1 かわいいのは?

「葵様!明日お伺いいたしますね!」

 

そんなメールが届いたのは昨日の夜8時。構いませんが、そういうことはもう少し早く言っておくべきなのではないですか?別段構いませんが。日中は用事があるので勝手に入っているよう返信するとすぐに了解した旨返ってくる。これならば電話でもよかったのでは、とも思うがいきなり電話して邪魔したら悪いなどと言うこれが彼女なりの気遣いであったりもするのだ。もっと他に気を遣う場所があるのではという小言はいつも言うタイミングを逃してしまう。

 

「ただいま帰りました」

鍵を閉めるとこちらに向かってくる足音が聞こえる。はて、彼女はそのようには歩いてこないはずだ。相手にみすみす居場所を教えるような歩き方。教会の人間ならば当然。廊下からひょこと出されたのは見知った顔だった。いや、見知ったと言うのには語弊があるかもしれないが、事前の情報でよく見ていた顔でもあるし、外国で杯をかわした間柄である。しかし自宅でいきなり現れたら驚いていい相手でもあると思う。

 

「透矢くん、なぜここに?」

なんて当然の疑問は彼の声にかき消された。

「華ちゃん!葵さんも呼んでたのか!」

すると聞きなれた声が返ってくる。

「ここは葵様のご自宅ですからね!」

そして彼の後ろから顔を出してこちらに声をかけてくる。

「おかえりなさいませ、葵様。ちょうどいいところに!」

 

帰宅してそうそう椅子に座らされ、何やら髪をいじられている。今日家に来るとは聞いていたがほかに客がいるとは聞いていない。それならもっと何か用意したのに。情報を握れそうな盗聴器とか監視カメラとか。今では身内しか来ないと思って普段用しかない。特に彼については、華と何経由で知り合ったのかは結局不明なまま。彼らについてはもう少し情報があったほうが安心できるのだ。

頭頂部から真っ直ぐ櫛が入れられ髪を二つに分けられる。片側を適当なゴムで結ってもう片側は高い位置に集められる。素直じゃなくてすぐはねてしまう髪をなかなかどうして綺麗にまとめ上げていく。すると、視界の端からまた新たな、しかし聞きなれた声がかかる。

 

「うぇ、なんでこいつもいるんだよ」

誰も彼もここが彼の家だと知らずに来ているのかと苦言を呈そうかと視線を向けると思わず自分の目を疑った。

「おやおやおや、おやおやおやおや、おやおやおや」

「うるせぇ」

彼がぷい、と顔をそらすと頭上の髪飾りが揺れてこつんと音を鳴らした。

「ずいぶんと可愛らしいことになってるではありませんか」

「今お前もされてるだろうがよ」

なるほど。このために彼女はわざわざ人を呼びつけて我が家で櫛を片手に我が物顔で居座っていたのですね。納得。たしかに透矢くんも同じような髪型でしたしね。彼は普段からおしゃれな髪型をしていたので気分転換のようなものかと思っていましたが。

「ちょっと清仁くん、こっちいらしてくださいよ」

「だぁれが」

髪をつかまれて頭を動かせない代わりに手を伸ばして呼ぶもなかなかつれない。

「あっそうだ清仁くん写真撮っていいですか?悠に送りましょ」

 

「お楽しみのとこ悪いんだけど………………」

本当に悪いと思っているような声色で遮られる。

 

 

「俺翔湊がいるって言われて華ちゃんについてきたんだけど、その…」

「翔湊様ならそのうちいらっしゃると思います!透矢様の写真を先程お送りいたしましたので!」

「へぇっ!?じゃあさっきのは嘘だったのか…!?」

「すみません、透矢様。ついてきてくださるにはこうするしかないと思いまして…」

「えっいや俺は、普通に誘ってくれれば…」

「そうですね!次からそう致しますね!」

 

「あいつもあのバカメイド女に目つけられて大変そうだよな」

いつの間にか手の届くところまで来ていた彼はしみじみと言う。まるで同朋だとでもいうかのように。その手を引き寄せ確保しながら彼女に声をかける。

「ほかにも誰かいらっしゃるのですか」

あっバカ離せ!なんて声を聞かない振りしたまま両足の間に隠しこんでしまう。

「あとは翔湊様だけですが…ほかにもお呼び致しましょうか?………………悠様とか!」

いいですね、ちょうどこの写真送ろうとしていたところですし。ところで華、その写真を送るのはやめなさい。私が連絡しておきますから。…聞いてます?

 

 

 

Prrrrrrrr........Prrrrrrrr........

彼女の端末が振動する。縛り終えて満足したのか解放されて少し経った頃だった。着信の相手を見てスピーカーを押し机に置く。

「はい、もしもし」

「お、華か!今二人も一緒なのか?」

「そうですよ、あと透矢様もいらっしゃって翔湊様は後からいらっしゃる予定です」

「楽しそうだな~~いいな!あたしも誘ってくれればよかったのに!」

「では今からいらっしゃいますか?」

「えっいいのか!あっそうだ…ハルタ、今から葵センセと清仁の…あっうん、そう。行く?………………な、華。人って増えても大丈夫か?」

「ええ!ぜひ啓大様もいらっしゃってください。」

「おう!じゃ、あとでな」

「はい、失礼いたします」

 

 

華…勝手にあの写真送りましたね………………?

 

 

 

 

 

 

 

「「「おじゃましまーす」」」

「いらっしゃいませ!さ、悠様早速こちらへ!」

先程まで拘束されていた椅子に悠が連れてこられる。おそらく私が帰ってきたときもこんな感じだったのでしょう。というか家主を差し置いて迎えに行くな。

「おー葵センセも清仁も、それに透矢も!久しぶりだなー」

状況の把握など少しもしていないのだろうけど、変わらずニコニコとしている友人を見て少し和む。そして後から続いてくる人影が二つ。

「華、これは手土産なんだが」

とテーブルに紙包みを置く。客人の方も華が家主と完全に勘違いしているようだった。ええ、別に構いませんけども。

「葵…清仁…何をしてるんだ………………」

こちらは早々にメモ帳を取り出してエンジン全開なご様子。電話口でもそうだったが、おそらく名前聞いて即決で来ている。不審な人物ではあるのだろうが、なんというか。友人と仲良くしているのを喜ぶ人間がいるというのはなんだか不思議な気持ちではあるが、悪くない、とは思う。なんかこう、友人との仲を客観的に認められているようで。

「ああ、二つ縛りなんかして、かわいいでしょう?清仁くん。写真でも撮ろうと思いまして。」

ヤメロ、と口だけの抵抗の清仁くんとそうかそうかなんてニコニコしている啓大くん。彼らと談笑していると、後ろに大きな影が立った。

「お前はあの時の………………変態!!!」

ビシッと伸びた人差し指に少し圧倒される。眼鏡の奥の空色の瞳が力強いわりに真っ直ぐに純粋で。そんな澄んだ目をできるのは守られてきた人間だって知らずに生きているタイプの。なんて幸せでおめでたい人間なんだろう、と、思ってしまうこともある。

「こら、ルイ。人のこと指さすな」

「啓大も!私は認めていないからな!」

「はいはい、わかったから座れよ。」

そんな風に大口をたたく癖に妙に素直に隣に座る。彼女もそういうところが姉に似ているのだろう。だから周りの人間もなぜか憎めない。それは理解できても、華から聞く彼女の評価の高さは解せないが。

「葵も清仁もいいやつだよ。例えば………………」

 

 

 

 

「…そんなことが!なるほど、それは失礼な態度をとってしまった。詫びさせてくれ。」
彼の口八丁にころりと騙されて愛しの飼い主を守るために吠えていた番犬はすっかり腹を見せていた。騙される方も騙される方だが、彼もまあよく回る口をお持ちで。教会に勧誘したらいい働きをするかもしれない。

「…よくもそんな適当なことペラペラと喋れるもんだな」

おや、そんなこと言わなければ騙し通せそうだったのに。

「う、嘘なのか…!?」

「あー、うーん、まー…嘘だな、ははは」

「やっぱり嘘つきなんだ!何も信じられない、こんなやつらのそばに姉さんを置いとくのは不安すぎる!」

嘘ついてたのは啓大だけだろ…という彼の訴えも聞かぬまま姉さん!!!!と椅子のあったほうに駆け出してしまった。まったく、こんな夜も更けてきたのにマンションで走るなんて。ここが防音の部屋でなければ苦情が来てましたよ。

 

すると入れ替わりで姉の方が帰ってきた。彼女もまた上の方で二つに結われている様子を見るに、きっと次の被害者に駆け出した妹が選ばれたのだろう。彼女は華が結んでくれた―!とるんるんといった様子で口を開く。

「ね、かわいい?」

 

「おう、かわいいかわいい」

「ええ、かわいらしいですよ」

「えっ…と、そうだな」

 

素直に称賛してくれる二人にありがと、と嬉しそうに伝えた後、物欲しげに視線をさまよわせる。それは露骨に一人”かわいい”と言ってくれなかった清仁くんの方へ。

「こいつこうなると長いから。何も言わないのに態度だけソワソワするから早めに言っちゃった方が楽だぞ。」

「そうですよ清仁くん、かわいいと思っていらっしゃるんでしょうからそういえばいいだけなのですよ。…そう思ってないとでも言いたいのですか?」

葵の煽りにわかりやすくガァンと衝撃を受けたような顔をして慌てて言葉を紡ぐ。

「ヤ…あの…そんなその、無理に言わなくていいから、ね!」

そうするとこちらも焦ったように眉間にしわを寄せながら言う。

「い、いや…その、かわいい、と思う…」

瞬間彼女はぱあ、と顔を明るくしありがとと大層嬉しそうに言う。対して彼は伏せた顔色はうかがい知れずとも髪から覗く耳がほんのり赤く染まっているのは何者にも隠せてやいなかった。女性への世辞もさらりと言えないようならもてませんよ、清仁くん。

 

 

ピンポーン

 

玄関のチャイムが鳴る。華が呼んでいたというもう一人の客人だろう。今までで一番長い金髪相手に少してこずっている彼女の代わりに出る。いや家主の私が出るのが正しく正解なのですが。

 

「翔湊くん、いらっしゃいませ」

「アンタは………………!」

 

 

「まあまあ上がっていってくださいよ」

「はーなーせ!俺はあの人迎えに来ただけだから、こんな面倒ごとに巻き込まれるつもりはねえ!!!」

背中をぐいぐい押して家の中に招待する。

「ていうかあのバカメイドはどうしたんだ…あいつが連絡よこしてきたから碌なことにならないと思って…」

「華はただいま別の方の相手をしておりまして。申し訳ありませんね。」

他にもいんのかよ…なんて苦言を無視してお待ちの彼のもとへお届けする。

「あっかな…」

「翔湊様!いらっしゃったのですね!さあ、さあ、こちらへ!」

仮にもこの二人を応援しているならここは口をはさむところではありませんよ…

気遣いむなしく連行されるのを見送り、残された彼と新たに加わった妹君を連れて談笑の輪に戻る。

「毎度すみませんね、うちの華が」

「えっいや、元気でいいと思うぞ!元気なのは一番だし、それに、翔湊に、友達が増えるのは…うん、いいことだしな!」

時にこの、彼はこういう言動と表情が一致しないことがある。教会とは関係ないことではあると思うのですがなかなか興味深いので調べていますが…。 もう、だから人が来るならカメラ増やしておいたのに。メインルームにしか今はないんですってば!

 

「ルイさんも。それは時間がかかったでしょう。」

唯一の長髪に華も手をかけていたようだ。縛り終えた後の満足げな表情が最も輝いていた。

「お前に言われる筋合いはない。華と遊ぶのは私の意思だし迷惑を被ったとは思っていない。それをお前に謝られるのは不快だ。」

思ったことをずけずけと言って、あたかもそれが正しいとでも思いこんでるかのような。正直が美徳であると信じて疑わないような顔。本当に温室で育ったような少女だ。

気に食わない。

 

 

「…ルイちゃん、葵さんも華ちゃんに友達がいて喜ばしいとともに心配なんだよ。そんな邪険に扱わないであげても、ね」

「そうか、それはすまなかった。社交辞令、というのだろうか、そういうものが私は得意ではなくて。」

 こういう素直さに本当に似ている姉妹だと痛感する。だのにどうしてこんなにとげとげしい物言いを。これはこれで世渡りがうまくなさそうな。…敵認定されているからかもしれないが。いずれにせよ華が高評価を下す理由はわからぬままである。

 

 

「ルイ~~~!かわいいな!」

自分よりわずかに背の高い妹に駆け寄り抱き着く。兄弟と言うのはここまでパーソナルスペースが狭くなるものだったのか。それとも彼女たちが普通ではないのか。そんなことをする相手のいたことのない葵には皆目見当もつかなかった。

そして姉の愛情表現を一身に受けて満足そうに笑っている姿は年相応というか。普段からそうやって笑っていれば多少はかわいげもあるだろうに。特別な人相手だからこそこの笑顔が出るのが良いのかもしれないが、笑顔を作らなくても生きていけた茨のない道を素直に羨ましいとも思えないほど、ひねくれている自覚はあった。

 

 

 

「お待たせいたしました~~」

華が帽子で顔を隠そうとぐいぐい引っ張っている少女を連れて戻ってきた。高いところで結ばれた髪が邪魔で帽子はかぶれていないようだが。ところで誰ですかこの少女。

 

「翔湊…!おお、なんかかわいいな!」

「くそっなんで俺までこんな…」

 

透矢くんが笑顔で撫でまわしているので翔湊くんだったようです。 身長も相まって本当の少女のようでした。口にはそんなこと一切出してないはずなのに、ぎろりと彼からの視線が一瞬向いた気がした。いやですね、別に馬鹿にだなんてしていないですよ。

「翔湊様は御髪が短いのでウィッグを用意していたのです!やはりお似合いで可愛らしいですね!!!」

 

 そんな声が防音の部屋に響き渡って夜は更けてく。今日は2月2日。世に言うツインテールの日。騒がしい彼らを眺めながら、来年もまたこうやってなんて。私が願うのは図々しいでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや俺は!?」

なんです。人がせっかくいい感じでしめようとしていたのに。

「俺結ばれてない!」

「ああ!!啓大様すみません!只今ご用意いたしますね」

なにゆえみずから。飛んで火にいるなんとやら、でしょうか。

「いや俺絶対可愛いから」

先程から何故彼は返事をしてくるのでしょう。私話してませんよね?ほら、ほかの方だってぽかんとして。

「姉さんが一番かわいいのは譲れない」「ごめんな、ルイが一番かわいいと思うんだ。」

彼が数年来の友人に一蹴される様子を以って、今日の日は本当に、終わり。