世界で一番、綺麗なもの 第四話

四角い真っ白の壁に囲まれた一室。こどもが練習で使うような闘技場だ。

ただしそこにある空気は普段の愚かしくも明るいものではない。

あの冷え冷えするほど真っ黒の瞳で揺らめく感情。彼のその何かに囚われているような物言いは前から気になっていた。彼を縛る何か、それは、きっと周りからしたらなんてことないことで、でも彼にとっては至極大切な何かなのだろう。今もおそらくそれを踏みにじられたと腹を立てここに立っている。

いつかお天道様の道中に引っ張り出そうとは思っていたが。いや、思ってはいたが、彼女という犠牲を伴うつもりなんてさらさらなかった。

 

対して、彼女はいつものお気楽そうな顔でたたずんでいた。あの囚われた愚かしさをも見透かすような深紅は、いつも通り何も考えていないのか、それとも。彼の執念をそれこそなんてことないと一蹴してしまいそうな口を開く。

 

「それじゃ、アオイセンセ審判よろしくな」

 

 

 

「ルールはハーフ。制限時間は30分。時間までにどちらもハーフに抵触しなければ割合計算上残りヒットポイントが大きい方の勝利です。」

彼女が申し出たハーフとは、決闘の公式ルールの一つで、ヒットポイントの5割を削られると問答無用で負けとなる規則だ。ヒットポイントを削り切られる心配がないので大きな怪我に繋がりにくい。ヒットポイントとは決闘の際や定期健診時にギルドの所有する機械で読み取ることができるもので、体力や体調などを数値化する。ヒットポイントが0になると動けなくなるとされる数値だ。それを大きく超えて攻撃を続けると死に至ることもある。ほとんどの決闘ではこのハーフルールで行われるが、王立の騎士大会や法外の賭け試合ではその限りではない。最も、今回の制限時間30分というのは平均と比べて短い。彼らの魔法実力差は一目瞭然なのだから30分もかからずに終わってしまうかもしれないが。

 

「では位置について」

ゴ――――――ン

審判席の鐘の音が合図だ。

その瞬間

ドゴオッ!!!!!!

ものすごい質量の風が前髪をさらう。

目の奥がちかちかするが、それを生み出した本人は普段通り無表情だった。鐘がなる前から言葉を口に含んでいたのだろう。規程では鐘の鳴る前に攻撃が出てしまわなければ違反とはならない。しかしそんなぎりぎりを攻めるような真似。何が彼をそこまでさせるのか。彼は自らの生み出した風で乱れた髪も気にすることなく二発目を繰り出そうとしている。

同じような威力の魔法球を数発牽制程度に打ち込みそれから本格的な詠唱を始める。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。さすがにこれ以上はっ!」

彼女は魔法障壁もはれないのだ。こんなに攻撃を続けては最悪死んでしまうかもしれない。それなのに彼は口を止めずに一瞥するだけだ。

構いもせずそのいくらか大きくなった魔法を放ってから一呼吸。

「警告なってないんだから、まだくたばってないだろ。」

 

ルールわかってます?ハーフですよハーフ。くたばったらダメなんですよ。ねえ!

………………彼らのペースに振り回されてばかりだ。一回落ち着こう。深呼吸して、はぁ。そうだ、審判席からは両名のヒットポイント状況が確認できるはず。彼女のヒットポイントはもう半分以上削れているはず。早く止めないと。

彼の起こした土埃で彼女の姿は見えないが、彼はさらにそこに攻撃を加えようとしている。さすがに自分にはそこまでなぶる趣味はないのだから。

少し湿る手で操作した液晶には信じられない数字が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

残HP

キヨヒト  …100%

ハル    …100%

 

 

 

続く