合意形成

仄暗い部屋、軋むベッド、熱い吐息


サラリと胸を撫でられながら請われる許可に恒例となってしまったが首を縦に振る。

 

何もない胸なんか触って楽しいのだろうか。ただ、滅多に染まらない頬が蒸気に浮かれているのがたまらなくて。それに、自分の持っているものなら、全て渡して仕舞いたい。持っているものなんて、渡せるものなんて、この身一つだけなのだから。


許可は取るくせにすっかり遠慮などなくなってしまった指が輪郭をなぞる。どこで覚えてきたのか、触れるか触れないか、ぎりぎりのところをくるくると。見せられないと顔の前に折りたたんだ腕に力が入る。距離の近い吐息にすら顔を背けてしまう。


そうして前戯の期待だけで主張し始めたそこをぎゅ、と2本の指で挟み込む。

 

「んっ…?んぅ……!?」

 

鼻から勝手に声が抜ける。かわいい後輩の要望により行為中やっと自然に出せるようになったそれ。ただ、こんなにも自分で管理できないものだとは聞いていない!気恥ずかしさと熱気が満ちた部屋にやけに大きく響く。慌てて口元を抑えるも、熱に浮かされた瞳は身を乗り出していた。

 

「っま、まって…待ってくれ……!」

 

背筋を走る感触に声を震わせながらも制止の声をあげると、一瞬ぴた、と動きを止め弄っていた手で髪を梳く。いつもと同じ、気持ちいいその手つきはぐるぐると回る思考をいくらかなだめるようだった。

 

「痛かったか?」

 

「ヤ、」

 

痛い、わけではなかった。ただ……ただ、なんだろう…。なんか、なんていうか

 

「変、だった」

 

変?と繰り返す。自分でもよくわからず、なんか…と言葉を探していると、ウンと優しく続きを促してくれる。

 

…女の子ならともかく。こんなところ触っても何も感じないはずだったのに。なんでか、体が痺れて息が上がる。

 

「へ、へんになっちゃう…?」

 

自分のことなのにうかがうように言ってしまっても彼は何も言わない。時計の秒針が妙に大きく聞こえる。こくり、と唾を飲み込む音が聞こえて目の前の喉仏が動いた。静かな長考と落ちる溜め息。あ。彼がこうやって息をつく時は、たいてい不満げな顔を伴っている。言いたいことはあるけど、言葉にしないときの。言葉にできなかったのか、する必要がないと判断したのか、それは知らない。でも、また、失敗した。それだけはわかった。

 

たまに、空気が読めないと言われることがある。そして自分が気づいていないときにも遠回しにそう言われているらしい。だから変なことを言って皆を困らせてしまうことがあるようだ。でもよくわからないから、間違ったなって思ったら、次は言わないぞって、せめてそれだけでも心掛けている。

でも、翔湊は俺がまちがえたら、すぐ言ってくれる。変な方向に突っ走りそうになったら、手を引いて止めてくれる。だから、黙っているのは少し、こわい。

 

「かなた……?」

 

縋るようなつもりなんてなかったのにそんな声が出てしまって、余計自分で揺らいでしまう。先輩なのに、頼ってばかりだ。

 

 「俺は、アンタのことならどんなとこでも、見たい。…から、変になっても大丈夫だ」

 

「……アンタが嫌なら、やめるけど」

 

そういうところは、少し、ずるいと思う。

俺ばっかりしたいみたいで。いつも俺に都合のいいことばかり、俺に気使ってばかりで、こっちだって気持ちよくなってほしいって、思うのに!

 

「おれは!翔湊の好きなように、してほしい…ん、だ……」

 

言っててだんだん恥ずかしくなってきてしまった。なんだこれ。なんかすごくめんどくさいことを言ってしまってるんじゃないか…!?翔湊は優しさで言ってくれてるのに。

 

「俺は、アンタの嫌がることはしたくない。」

 

アンタは、嫌なことあっても自分が身を引けば、それで丸く収まるならってするだろ。それで、アンタに無理させるのが、嫌だ。あと、アンタが嫌がってるのに気づけないのが一番嫌だ。

 

言いたいことは、わかる。でも。別に翔湊相手に無理なんてしていないし。それに、翔湊がどうしてほしいか、知りたい。できる限りやってやりたい。ただ、そう言ったってずっと平行線になるのは目に見えていた。

 

 困り眉でなだめるように唇を撫でられるのにも少し口をとがらせてしまう。すると観念したようにじゃあ言うけど、と薄い唇を開いた。

 

「俺は、怖いとか痛いとか、そう思うんならさせたくないけど、透矢さんが俺の手で変になるんなら、…興奮する」

 

珍しくこちらを向かずにそう言う。けれども言葉が途中で消えてしまうことなどなくて、どうしても愛おしくて

じゃあ、

口元で泳ぐ彼の手を包んでそのまま下に誘導する。緊張を飲み込んで。覚悟を決めて目を合わせる。

 

「じゃあ、へんにして…?」

 

困惑を伴っていた空色が熱く、溶けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「翔湊は、なんでいつもそこばかり触るんだ?」

止めようとする手に、嫌とかじゃなくて、と続きを要求する。ただ、気になっただけ。

すると、気づいてないだろうけど、と注釈を付けながらなんてことないように返される。

「アンタが、気持ちよさそうだから」

 

「そ、そうか」

恥ずかしい、思いあがってた。

…だって、触るのが好きなんだって勘違いしてた