世界で一番、綺麗なもの 第十話

「おいキヨヒト!!!何泣かせてるんだ!!!!!!」

 

「ウワッ、ヤ、俺は別に探してなんか…は、なに、?」

 

「泣いてないですっ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

アオイが帰ってこないのにしびれを切らしたキヨヒトは魔力の気配を辿っていた。お相手は先ほどまで直接いじくっていた魔力なので間違えようはなかったがどうにも見つからない。嫌気がさして逃げ帰ったとかなら別に構わないが、なんか。そういうことはしない気がする。どっちかって言うと、へんなことに巻き込まれてる方がありえる。たぶん、少し抜けてるところがあるから。ぐるぐると考えてるといつの間にか少し開けた場所に出てしまった。別にあいつが戻ってこないからって心配なんかしてると思われたら心外だ。さすがにこんなところまで来ていないか、踵を返そうとしたその時。突然降ってきた大声に思わず背筋を伸ばす。ば、ばれたか…思わず聞かれてもいないことを言い返すも、その声の主の姿に目を疑う。そりゃあ、大の男を横抱きして登場してくるとは思わなかった。逆ならわかるが。彼女はずんずん近づいてくると目の前で彼を下ろす。

「キヨヒト!!!!!!なにアオイセンセ泣かしてるんだ!!!!!」

「泣か…!?」

泣いてません!と騒ぐ彼の目元はなるほど赤く腫れあがって涙の痕が隠しきれていなかった。そんな彼の反論むなしく彼女の腕に捕らわれる。

「アオイセンセっこんなにかわいいのに、きっとキヨヒトにいじめられたんだ…!かわいそうに、よしよし!」

そのまま頭をぐしぐしと撫でられ続けるも彼からそれ以上抵抗する様子は見られない。満更でもないのか。幾何も背丈の変わらない彼女に少し頭を下げてー撫でやすくしてーされるがままになっている。

 

「ヤ、その、お前がやりたくねェなら、別にもうやらなきゃいいし…」

「やめないでください!!!!」

余程できないと切羽詰まると見える。暖かな抱擁からすり抜け手をがっちりつかんでくる。いや、近いって。

「…お前がやるってんなら付き合ってもいいけど」

その言葉を聞いてよかったよかったと彼女の元に戻っていく。なんていうか意外と甘えてくるタイプというか、末っ子気質だな。教会で大人に囲まれて甘やかされてたタイプか。

 

「お前さんたち仲いいなぁ」

後ろから現れたのは先ほどまでハルの稽古を付けていた人物。彼女が受け取ったものよりずいぶん大ぶりな剣を腰に差している。

「テツジさん教えてくれてありがと!」

「いやぁハルちゃんがまさかスキル継承できるなんてな。」

「ウン?もってるぞ!あたしたちの仕事では必要だからな!」

スキル継承なんてまたマイナーな学説を…。と思ったらまた規格外の常識が飛び込んでくる。持ってる奴いるなんて初めて聞いたが。初戦は机上の空論じゃなかったのか。それに、仕事…?そういえば聞いたことはない。というか冒険者やってるんじゃないのか?

「あーええっと、こっち来るまで別のことしてたんだよ!それで使ってたの。」

こんな雑な説明しかしないやつに何の仕事ができるのかは知らないが。

 

「それで、ハルちゃんたち次はどこの街に行くんだ?」

「そうですね、道なりに行けば、次の街は山に向かう”キロロ”か、虹の街”タル―ノ”といったところでしょうね。」

どちらに進むんです?と彼が視線を向けるとアホ毛をぴょこぴょこしながら空を見上げる。

「え~~~~~~~~と、…あっちだ!」

指さした先。辻馬車の車輪跡が作った道が草むらの中に伸びている。近くには停留所ともなる小屋があり、男が一人時折懐中時計を出しながら待っているようだった。

 

「おい、そんなんで見つかるんだろうな…」

思わず声をかけるも彼女は何が心配なのか理解できない、といった顔をする。

「だってあっちからビビビッてきてるんだからあっちだろ?」

さも当然といった風貌で答える。理屈は知らないが、なんだかんだ指輪を探すための算段はついていたようで、それならばむしろあてなどなく彷徨っていただけなのは自分の方ということになってしまう。なんとなくばつが悪くなって話をそらした。

「あっちの方ってことは馬車乗ってくのか?」

 楽しみだな!馬!と興奮を露にするする彼女に、まだその腕の中にいる彼は冷静に言葉を添えた。

「あそこの彼なら次の馬車の時間を知っているかもしれませんね」

 

「次の馬車ですか?ええ、いつも通りならそろそろ来るはずですよ。…ただ運転手がだいぶ気まぐれというか…自由な方なんでね。今日も来てくれるかはわからないってとこですね。」

そうか!教えてくれてありがとな!と素直に礼を言う彼女に気をよくしたのか話を続けてくる。

「これに乗るということはキロロ行きでしょう?貴方たちは何しに行くんです?行こうとしてるおれが言うのもなんですけどなんもないでしょ、あんな山奥に。」

 ちょっと探し物をな!という彼女の声は蹄と後に続く車輪の音にかき消された。

「わ~~~また遅れてしもて、堪忍なぁ~~~!」

髪を二つに結った少女が叫びながら慣れた手つきで馬を止める。馬は小屋の前で止まると手際よくひもを外された後中の干し草と水を行儀よく食べていた。

「しゃけとばの休憩が終わったら出発するからなぁ。でもしゃけとばはすごいんやで!たぶんそんなに時間がかからない!」

男はそう得意げにする彼女に何かを手渡し、今日は一時間できたので早い方じゃないですかと笑いながら座席に乗り込んだ。

 

 彼女はそれを見届けてから三人に目を移すとパァっと顔を輝かせた。

「初めましてやんな!うちはキイマアサヒ言います、よろしゅうな!」

新しいお客さん久しぶりや~~!これからもよろしゅうな~~~と小躍りでもしそうな様子で言う。うちは銀貨十枚やで!破格のサービス!お友達も誘ってたくさん使ってくれるともっと嬉しいで!その言葉にハルははた、と動きを止める。

「銀貨…?」あたしお金持ってないぞ…と後ろの二人を見やる。

「銀貨はもってないな」キヨヒトも当然のように答える。

アオイは困惑するしかなかった。

「え…あれ?私教会の命で今動いてないので経費で落ちないって言いましたよね?というかキヨヒトくんは宿代とか今までどうしてたんですか!?」

これで…と取り出したのはギルドカード。もちろんこのカードに電子マネーでの支払い能力などはない。そもそも電子マネーとは。これはいわゆる顔パス、という奴だ。いや正確には違うのかもしれないが、金持ちの人間が良くやる手法。そうしておけば、あとからギルド経由で一括で支払いされるのだ。多くはギルド直属の飲食店、宿屋などでしか取り扱ってない。ツケ、ともいうのかもしれないが、もちろん辻馬車にそんなサービスはない。銀貨30枚。今までの稼ぎ口がなくなり生計のめどが立っていない人間に払わせる額だろうか。もちろん手持ちにはある。だがそれを出してもらって当然という顔をしている二人を一度殴ってやろうかとまで思った。アオイが腹の底からの溜め息をつきながら鈍った灰に輝く金属を30枚渡すとアサヒと名乗る少女は困ったように眉を下げた。

「お兄さんたち、お金に困ってるん?」

返事も聞かずに続ける話によると、自分も今困っているからバイトに向かうのだ。内容はよくわからないが、とにかく大金を稼げる。先に乗っている二人も同じである、とのこと。大金が今すぐ必要なわけではないが、当面の生活すら見通しの立たない状況だ。チームも組んだばかりで実績がなく高難度の依頼も受けづらい。悪い話ではないだろう。三人は指輪を探すついでに、そのバイトとやらの話を聞いてみることにした。

座席に乗り込むと先ほど話した男のほかに二人少年が乗っていた。アサヒが三人を同じバイトに行く仲だと紹介すると彼らはそれぞれ得意げに、けだるそうに「どうも」と声をあげる。

 

「あたしはハルっていうんだ!探し物をしに行くんだ!よろしくな」

車内は和やかな雰囲気で、時折大きく揺れる振動に尻を痛めながら進んでいた。ハルはふとずっと黙って周りの話に耳を傾ける男が気になる。馬車に乗り込む前は饒舌に話しかけてきたはずだが、今は周りを興味深そうに見るだけだ。

「なぁ、お前は?」ざっくりと話を振る。文脈など何もない。ただその意味を組んだのか男は顔に刻んだ笑みを深める。

 

 

 

「なぁに、おれはただのしがない元ジャーナリストですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続く