舞台裏の一幕 ファーストインプレッション

「おう、久しぶりだな。」

 

長めの髪を耳の下で軽く結った青年、ハルタは朗らかに声をかけた。相対するはいつぞやの飲み会で同席した二人。ハルタは彼らのタキシード姿を目に焼き付けんと目を大きく開いた。今ならプリクラ並みに盛れてるかもしんね。

 

「おう!久しぶり!」「ドーモ」

 

それぞれ元気にまたはけだるそうに、それでも顔見知りの彼に返事はかえしてくれる。今の反応もそうだが、この二人は全然似通っていない。何回見てもそう感じる。なんで一緒に居るのか初めのうちは気になったが、経験上、正反対に見えてその実似てるところがあるなんてカプは相性が良い。その逆もしかり。今では彼らが隣同士でないと違和感を覚えるほどだ。

 

「やっぱりにあってんなお前ら。写真撮ろうぜ」

 

そう言ってスマートフォンの内蔵カメラをインカメに設定し比較的身長の低い翔湊の後ろに回る。翔湊も抵抗はせずにカメラに視線を送り透矢は口角をあげ、ピースしていた。おいおい、すごいサービスだな。ハルタは正しくオタクだったので推しカプの新衣装写真はもちろん欲しかった。しかしそれ以上にあふれ出る陽キャのオーラが自然と自分を含めたスリーショットという結論を出していたのだ。そもそもハルタは基本的に盗撮はしない。いい感じの画があってもメモを取る。その方があらぬことも書き足せるしな。とにかく法に触れないタイプの立派なオタクだったのだ。

 

ハルタも似合ってるぞという言葉に軽く礼を返して世間話を続ける。

「俺、葵に誘われてきたんだけどお前らも?」

そうすると翔湊はわかりやすく眉を顰めて隣の先輩を見上げた。

「そうだぞ、ぜひ翔湊も一緒にって言われたからな!」

翔湊はそのことを知らなかったように見えると笑いながら指摘してやると大きなため息に含まれた肯定が返ってきた。

「そもそも俺は何をやるのかも知らねえ」

あれ、説明してなかったか?と頬をかきながら透矢は端的に答える。

「ダンスだ」

先程とにもかくにも顔の良い男からもらった『第一回探索者格付けチェック!!』と手書きで書かれた紙を翔湊に見せてやる。いや、男だったかもしれないし女だったかもしれないし、老人のようにも子供のようにも見えたかもしれない。顔が良すぎて顔がいい以外の情報をすべて忘れたし、その状況に疑問を抱くのも忘れたが、その紙にはざっと目を通したところ、本日の簡単な進行が書かれているようだった。

それを読み終えて、それでも信じられないといった様子でもう一度目を滑らせて、どうにも逃れようのなくなった翔湊が口を開く。

「本職の前でか…?」

「「らしいな」」

自由人たちの無茶ぶりに日々胃を痛めている系の翔湊でもこれは予想外だったようで、複雑そうな顔をしていた。いやそんなことはないか。翔湊は透矢の面倒だけ見てればいいもんな。とにかく、どんな顔をすればいいのかわからない、というような顔をしていた。本職の前でダンスなんてそんな胃を痛めそうなこと当日に言われるのだからまず否定から入りたいところだが、この話が白紙になってしまっては少しだけ心残りができてしまう、ような。ハルタはオタクだから推しカプの心の機微に敏感であったし、よく考えればもうそれはそれは立派なカウンセラーだったので当然、翔湊の迷いが手に取るように分かった。

ここでハルタがすべきことは一つ。推しカプの背を押してやることだ。もちろん時には事故を装って物理的に背を押すことも必要だろうが今回はそっちじゃないほう。精神的な方。

「この紙の地図によるとダンスの練習部屋はここみたいだな。うん、『精神と時の部屋的なヤツ』って書いてある。いろいろ始まる前に先に行っちまえば?」

こういえば素直な透矢は部屋に向かうだろうし、一度練習を始めてしまえば翔湊だって引くに引けなくなるはずだ。そこはほら、男のプライド的なあれで。

精神と時の部屋的なヤツ』とはその名の通り某漫画に出てくる、時の流れが現実よりも超早くなる的な部屋である。これなら当日に本職の前でダンスを踊ることになっても大丈夫。本番までにみっちり練習して臨むことができる。ここまで用意していたとは、流石運営、神対応。外からは開けられない部屋で二人見つめ合って汗を流すことになるのだろう。知らんけど。正確には使用制限やらなんやら諸々あるが細かいことは隅に置いておくこととする。

 

さて、推しカプのためとは言え彼らから離れて暇になってしまったハルタは素早く次の標的を探す。多分陽キャの持病みたいなものだな。一人でぼーっとしてられないんだ。前方に見知らぬ顔の良い男がいる。ハルタたちと同じタキシードを着ているところから察するに同じように駆り出された身かもしれない。さっき資料をくれた顔の良い存在よりは随分人間に優しいタイプの顔の良い男だ。なんて言ったって人間のSAN値に超優しい。

「よお、俺ハルタって言うんだけどお前は?」

ポン、と肩をたたいて声をかける。人間挨拶はとっても重要だし、その次に自己紹介も大事だ。よくあるテンプレのような「ひとに名前を尋ねるときはまず自分から名乗るべきだと思わんかね?」を回避するためにも役立つ素敵なスキルである。

「ぉわ!あ、おれはルカです」

後ろから声をかけたにもかかわらず、流れるような返答。それに、ファーストネームだけを伝えたハルタに対して同じように返す技量の高さ。こいつ、なかなかやりおる。声掛けられ慣れしてるな。まあこの顔の良さなら納得、と一人考えを巡らせていると聞き覚えのある声が二人にかけられる。

「おや、お二人はお知り合いだったのですか?」

 

瑠佳は思い出す。彼は自身をここに連れてきた張本人。確か名を葵といったはずだ。ハルタと名乗る青年はいや全然?と自然に返答する。もしかして知り合いいないの自分だけなんじゃ…ともたげる不安と、イマジナリー幼馴染の二人の励ましが混在して、脳内はエレクトリカルパレード状態だった。

「ていうか葵が連れてきたんじゃないのか?」

「そうです。道で会ったので、声をかけさせてもらいまして。」

それ勝手に連れてきたんじゃないだろうな、同意の上だよな?同意の、おいちょっと目そらすな!なんて問いただしている彼を見て思う。多分彼はおれが一人でいるのを見て声をかけてくれたんだろう。面倒見のいい幼馴染を彷彿とさせる。彼らもそうだったし。一人でいたおれを輪に引き込んでくれた。そんなふうに周りに花を浮かせそうな表情で彼らの成り行きを見守っていると、彼らの関心は別のものに移っていたようだった。

「あの衣装はなんなんだよ」

「ええと、あの方からはお好みで着るようにと」

「へえ…ちょっと葵着てみろよ」

「おや」

「これ、日本の有名な番組のオマージュなんだろ?食べ物を配膳するときその衣装らしいじゃん。いいと思うぞ?俺」

「ということは貴方が配膳するときはこれを着るのですよ?」

「おう、てかむしろ今着て写真撮ろうぜ。俺絶対似合うと思う」

 

違った。この人こーちゃんサイドじゃなかった。そらさん振り回すサイドだ。