舞台裏の一幕 新年の抱負

「「あけましておめでとうございます」」

 

二人は保護者から与えられた住居で向いあっていた。曰く、新年のあいさつとは神聖なものであり正しい手順を踏んでさわやかな気持ちで行わなければならない。涼緋仁は一般常識などこれっぽっちも持ち合わせていなかったが、まあ姉様がそういうのならそうに違いないのだろうと思っていた。正座をしていつも通りのきちんとした格好をする。とはいっても基本家に引きこもり機械をいじっている涼緋仁の普段着は見るからに袖の余ったジャージという何ともみすぼらしいものであった。

この三が日という一年の中で最も多くの日本人が堕落した生活を送るであろう日でも姉様は真っ白な正装をしていた。身だしなみの乱れは心の乱れ。いつも正しくあるべきなのです。そう言えるのは定職につかずども暮らしていける余裕があってこそかもしれない。いつだって勉強も娯楽も酔狂な宗教も金持ち貴族のものなのだから。

「新年というのは新しい抱負を考えるべきでしょう。特に貴方は…」

と言葉尻を濁らせる。ことあるごとに姉様、姉様とまるで雛鳥のようについてくるが、弟も今年で23歳。自身の力でやっていってもらわねば困る。そう独り立ちさせようとして失敗したのはもう数えきれないほどだ。だから今年は一つの作戦に出た。といっても少し考え方を変えただけだ。自分ばかり妄信して頼られても困るが人間は本来一人では生きられないもの。人を頼ってしまうのは仕方ない。そこで、独りでできるようにするより、困ったとき頼れる先を増やす方が先と判断したのだ。

「一年の計は元旦にあり、ということですね!では僕は今年は姉様の…」

「涼緋仁、姉は心配なのです。御友人の一人もいないのでは夜も寝られぬ気持ちです。」

うまく言葉を遮って誘導する。それに別に嘘はついていない。涼緋仁は、はっっ!!!という顔をしてで、でも…と言葉を続けた。

「友人ならいます!だから姉様、ご心配いりません!」

話に聞いたことはないし、どこかに遊びに出かけている様子もない。機械が得意な弟のことだし、今時ネットの友達というものを非難するつもりはないが、名前も知らない人というのは少し不安だ。

「どんな方なのですか?お名前は?」

そう問うとええと、と人差し指を立てて答え始める。

「ご一緒にバイトをした方なのです。一人はゲームがお上手で、ええと…なんかとても呼びやすい感じの名前の方でした…。もう一人は、馬、馬がいて、馬の名前がさ、さ、えぇ…魚みたいな感じで…あっ、さばとけ?のような…」

 

正直、ここまで友人関係が絶望的なのは予想の範囲内であった。そのための元旦の計なのである。これ見よがしに眉根を寄せて溜息をつくとあわあわと手を振りながら言い出す。

「今年は姉様がご安心できるような友人を作ります!!」

結局姉要素は入ってしまったものの独り立ちへの布石は打てただろう。ほっとしているとでは今から行ってきます!という声が響き上着をひっつかんで駆けてしまう。今から外出したところで、今日外にいるであろうは家族、すでによそ者が入る余地のない友人たち、新年早々働いている社畜たち。友達作りをするにはやや不向きなタイミングだろう。

止めようと手を伸ばす。その瞬間、弟の姿は虚空に消えた。追いつかなかったなどそういう問題ではない。ただ、別の空間に飛ばされたようとでもいったほうがいい消え方であった。ただ、常識がないという点では姉様も弟といい勝負であった。

「いつの間にかこんなに素早くなっていたのですね。」

そうしてほんわかと弟の成長をかみしめて見送った。ちなみに弟のDEXは8である。

 

 

 

友達作りのために上着をつかんで走っていた。そう思ったが、突然暗転し、目が覚めると大理石の床、その上に敷かれた煌びやかなカーペット。爛々と光り輝くシャンデリア。そして、 一段高い場所に置かれた綺麗な装飾がされた椅子。そして、その椅子の横には『一流探索者』 と書かれた紙が貼ってある。知らない男二人の説明をおとなしく聞いていると、どうやらチームごとに戦うようだ。それならば、と涼緋仁は考える。一般にチーム競技というのは集団の団結力や仲を深めると聞いたことがある。同じチームの人間とお友達になるというのが一番効率的な方法だろう。涼緋仁はINTが18なのでそれはもう完璧に思いついてしまった。友達になるためにはまず自己紹介が必要であると。タイミングよく、同チームの二人はそれぞれ名を名乗っていた。さあ決戦の時だ。第一印象がすべてを決めるといっても過言ではない。ここで友達を作って姉様を安心させなければ。

 

 

「僕は影山涼緋仁です!よろしくお願いします!」o(`・ω´・+o) ドヤァ…!