「約束するよ、君に嘘はつかない」
風が冷たくなるころだった。差し出された手はやわらかくて、やっぱり自分がとっていいのか不安になってしまった。こんな持ってる人が、なんで、自分なんか。
それももう一昔も前のことになろうとしていて、月並みに時の流れの速さを実感する。今ではもう身長はとうに主人を越え、マナーや教養も教わり、隣に立っても恥ずかしくないくらいには、なったはずだ。それに。
外では出さない彼のわがままをこなしてみせることももうお安い御用だ。きっと、自分にしか見せない、あのわがまま。嘘をつかないって、そういう意味だったんだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら花瓶の水を変えていると一輪、星型の蘭が手から滑り落ちる。
誘うような香りを放つ白と淡緑のダーウィンの蘭。手を伸ばすと上からそっと温かいものが触れる。
「見ちゃったな」
いたずらっぽく笑う彼は手の下からするりと花を抜き取ると顔を寄せる。
「いい匂いだね、アングレカムかい」
「はい…」
「花言葉、知ってるかい?」
口を噤んで首を振ると、彼は花を持たせながら穏やかに目を細めた。
「いつまでもあなたと一緒」
覚えておくといいよ、と奥に帰っていく彼を見て、もう一度花を拾いなおす羽目になったのは秘密だ。