世界で一番、綺麗なもの 第七話

ハルの先導に続いて森を進む。

 

「ていうかパーティー実質一人ってお前は働かない気かよ」

ハルは決闘で魔法で攻撃してこなかったところを見る限り戦力外だというのはわかるが。

「私、回復要員なので。」

語尾にハートマークでもつきそうなわざとらしい声でにっこり、微笑む。これを微笑むなんて形容していいのか?もっとねちっこい何かを感じる。

「回復てことはお前…教会の人間か。」

「なんです、私の所属で何か不都合でも?」

「いや、別に。ただ教会の人間は勧誘がしつこくて苦手なだけだ。」

「そうですか」

わかりづらいが、ふい、とそらした顔の口角からして機嫌は直ったようだ。所属を伝えることで今まで良い思い出がないのか…まあ容易に想像の付くことではある。教会には家に捨てられたか家を捨てた人間しかいない。彼がどちらにせよ世間からいい目はされないだろう。

 

「でも回復しかできないってことないだろ。ほかに何か使えないのかよ。」

「一応、毒系統は使えますが。」

「おーい!スライム出たぞ」

 

いつの間にか幾分か先にいた彼女がぶんぶんと手を振る。ちょうどいいところに。まあ目を離して死ぬ相手ではないだろう。

「じゃあ、それお前が倒して来いよ」

別にそんな変なことを言ったつもりはなかったが、ものっすごく嫌そうな顔をされた。それはもう、とてつもなく。…そんなに嫌か?

 

離れてみていると、想定していたよりかなり短い言葉でその魔法は発動されていた。なんだ、なかなか使えるじゃねえか。そう言おうとした言葉はすぐに飲み込まれることとなった。

「威力よっっっわ!!!」

「うるさいですよ!!!」

だから使いたくなかったんです…とごねる彼に詰め寄る。お前その魔力量でその威力はないだろ。

「…貴方も、こんなの使えないと言いたいんでしょう。もういいですから早く倒しちゃってくださいよ!」

「いやだから俺今魔力ほぼ尽きてるから使えねえんだって!」

顔を突き合わせて大声で言いあっていたら「あのぉ…」と後ろから申し訳なさそうな声がかかる。

「増えちゃった」

振り向くとスライムをもう3匹ほど連れたハルが立っていた。

 

「ちっ」

 

別段厄介な相手ではないが、いかんせんこちら側には攻撃できる人間がいないのだ。

「おいお前、それ使わないのならちょっと貸せ。」

返事を待たず、手袋を脱いで彼の手を取る。

「え、あの、キヨヒトく」

「うるさい。魔力借りるから。黙ってろ」

 

 

「こ、このつなぎ方じゃないとダメなんですか…?」

相手の指の間に自分の指を絡ませる、いわゆる恋人つなぎだ。それにしても、数秒と立たずまた口を開いている。まったく、待てもできないのか。

「必要なければ男の手なんか握るかよ。そもそもこれでも割と効率悪い方だ。皮膚接触なんだから当然だろ。」

最低限の意識を割いて返してやると、向こうも顔をしかめて減らず口をたたいてくる。

「道理でごっそり持ってかれると思いましたよ。もっと効率いい方法ないんですか…!」

こんなもんで十分か。自分の最大魔力量には遠く及ばないが、あの程度を倒すのにはこれで十分だ。あまり持ってきすぎると今度はこいつが魔法使えなくなるからな。とはいってもあの程度の攻撃しかできないんなら戦力にたいして変わりはないだろうけど。

パッと手を離しスライムのもとへ飛びながら吐き捨てる。支えを失った体が揺らぐのは気に留めない。効率的な方法っつったって…

「誰がお前とキスなんかするかばーか!」

「キッ……!」

 

緑色の粘着物共もすぐに片づけてやる。こんな雑魚ども普段通りに魔法が使えるのなら敵じゃない。こんな程度も片せないのかと笑ってやろうと振り返ると、真っ赤な顔で膝に手をついていた。勝手に借りといてなんだが、魔力をあれだけ削られて膝をついていないのなら大したものだ。素質はあるのに、もったいない。というかあの程度の言葉で赤面するなんて箱入りの生娘じゃあるまいし。まあ教会で育ったのならその手の話に疎いのも頷けるか。

スライム程度ではやはり少ないが、奴らの持つ魔力を吸収する。見えないやつらは知らないだろうけど、使った魔力は基本的に魔物を倒して回復する。魔力は自然回復しないのだ。

 

とはいえ、勝手に魔力を借りたことに責任は感じる。肩くらい貸してやろうかと彼の元に戻ると目を疑った。わずかではあるが魔力が回復しているのだ。しかも現在進行形で。

「お前…マジックアイテムでも持ってたのか…?」

魔物や魔力を持つものから奪って引き出す以外に魔力を回復する方法はない。マジックアイテムというのは魔力をためておいて使いたい時に自由に引き出せるものだ。たいていは高値で取引される。

初対面で契約用の水晶を惜しげもなく使うような奴だ。持っていても不思議ではない、が、

「なんのことです?」

どうもそんな雰囲気ではない。

 

「あっふたりとも!遅いなと思ったらおしゃべりしてたんだな!」

ひょこ、と音が聞こえてきそうなほど軽快な動きで戻ってくる。彼女は自分ではこの地に沸く魔物に対処できないことを自覚しているのだろうか。軽率な行動は控えてほしい。すると心の声にこたえるようなタイミングで笑う。

「あたしももうすぐ役に立てるようになるからな!」

 

 

着いた先は見覚えのある民家だった。そう、数日前に依頼を受けた爺さんの家。

「テツジさん!こんにちはー」

元気にノックをして返事も待たずに飛び込んでいくと老人は笑顔で迎え入れた。

「おう、ハルちゃんと…こないだの兄ちゃんたちだな!」

どうも、会釈をして彼女に続く。いつの間に彼とコンタクトをとっていたのか。

「頼んでたの、できたかー?」

「おう!ハルちゃんでも持てるようにできるだけ軽くしたんだけどよぅ、うちではこれが限界だ。」

「だいじょうぶだぜ!あたし力には自信あるから」

「それは頼もしいなあ。ほら、これが約束のものだ。」

彼から渡されていたのは想像もつかない、大ぶりの剣だった。彼女は受け取ると、すっと目を細めて刀身を眺める。そして満足げにうん、と頷く。

「なんでそんな旧時代の遺物を…!」

「よーし、これであたしも戦えるな!」

抗議の声はそんな非現実的な妄想にかき消された。しかしここで引き下がるわけにはいかない。こっちだってお遊びじゃないんだ。

「なんで剣が旧時代の遺物なんて言われてるのかわかってるのか!?魔法より使えるんなら、剣は衰退してない。魔物相手に通用しないだろ、そもそも奴らと射程が違いすぎる!」

すると珍しく頬を膨らませてジト目で睨んできた。

「せっかくテツジさんが作ってくれたのにそんなこと言うなよ!」

「いいんだ、わかってるんだ、剣なんて役に立たないって。ハルちゃんが欲しいなんて言うから年甲斐もなくつい舞い上がっちまった。こんなもん邪魔になるだけだろうけど…もしよかったら持ってってくれないか。ほら、この前の依頼の報酬の一つってことでさぁ。」

「あたしが欲しくて頼んだんだ!そんなふうに言わないでよ…そうだ!今からほら、スライム倒してくるから!これで!」

そういって新品の剣を持って家を飛び出していく。

魔法も使えないのに、あんな鉄の塊振り回したって倒せるわけないだろ!

いそいで二人で追いかけて飛び出るももうすでに彼女の姿は見えない。後ろからは「鉄の塊じゃないぞ!軽くするために、別の金属混ぜてるからな!」と叫ばれる。引っかかるとこそこじゃねえだろ!!!

結局俺たちが彼女を見つけるよりも彼女が戻ってくる方が早かった。木の素材感溢れる机にどん、と置かれたのはスライムからとれる素材。爺さんは励ますために魔法使ってとってきてくれたんだなぁなんて感動しているがそんなわけない。元からそれができるなら、来る途中だって自分で何とかしてきただろう。本当にこの剣で何とかしてきたのか?彼女を見やっても、

 

「やっぱりテツジさんにお願いしてよかった!」

 

なんて愚直に笑う様子からは何の裏も感じられない。まあスライムだから何とかなっただけかもしれない。その後またもや二人だけで盛り上がってしまい、打ち合いをすることになったらしい。

 

数十分後、

 

 

「にしてもハルちゃん自信満々に振るうから経験者かと思ってたけど、その様子じゃあ剣の振り方知らんだろぅ?」

「うん!」

 

そこ、元気に返事するんじゃない。まったく、こちらが呆れてしまう。

「そうかそうか、じゃあ街離れるまで俺が稽古つけてやろうか」

「いいのか!」

 

こうして、この街を離れるのは、彼女が満足するまでとなった。

 

 

「あ、でもキヨヒトとアオイセンセはその間暇しちゃうだろ。」

どうしようか、なんて言っているがこっちはこっちでやらせてもらう。

「俺はこいつとやることあるから。」

そか!じゃああたし行ってくるな!とテツジさんのもとに駆け出す彼女を見送ると「さ、行くぞ」と場に取り残されている彼に声をかけ、日あたりの悪い森へと歩いていく。「そんな勝手に決め…ちょっとどこ行くんですか!」よく吠えるやつだな。

 

「着いたぞ。じゃ、やるか」

目的地で声をかけると彼はいかにも不満がありますというような顔をしていた。

「何やるかも教えてくれませんし、…なんか私の扱い雑じゃないですか?」

「あいつには負けたけど、お前には負けてないから。」

「~~っ!そういう約束ではないでしょう!?」

「だから、お前の仲間にはなったけど、お前には負けてない。ていうかお前には負けないだろ。」

納得はしていないようだが言い返してこないのでまあいいだろう。

「単刀直入に言う。お前は魔力量は多いけど、魔力の循環が絶望的に下手くそだ。放っておこうかと思てたけど、ハルがやってる間暇だから何とかしてやろうと思って。」

高圧的に偉そうに喋っている自覚はあるが、実際その通りなのである。別に俺はこいつが下手なままでも何も困らない。ただ暇だから何とかしてやろうと思っただけだ。

「それは…ありがたい話ですが、私は何をすればよいですか」

突然降ってわいたような話に隠しきれていない疑いの視線を見なかったことにして説明してやる。とはいえ大した説明なんてないが。

「俺がお前の魔力をいじって正しい流し方を教えるから、お前はそれを覚えて慣れろ。」

口で言うのは簡単だからな。

 

 

「手ぇだせ」

魔力へのアクセス自体は借りるときと同じだ。ただ、借りるときはいくらか魔力が外に逃げてくからそこまでの負担ではないが、それをいじるってことは自分に流れる魔力といわば同化させるということ。圧力が違えば違うほど負荷がかかる。そして魔力にも性質がある。同じ魔力なんて存在しない。魔物から奪うのだって、消化して取り入れているから100%取り入れられるわけではないし、マジックアイテムから取り込むのだって、他人の魔力を吸収するより自分の過去の魔力を吸収する方が効率がいい。余談だが、血縁関係にある人間の魔力の質は似やすいので、完全な他人よりは効率がいい場合が多い。まあ長々と連ねたがつまり何が言いたいかと言うと、彼とは使う魔法のタイプも完全に異なる。自分の体を使って導くには相性が悪いということだ。

と言っても適切な道具があるわけではない。やってみるしかないだろう。

 

先ほどと同じように指を絡め集中する。先ほどよりは事態を理解しているためか彼が無駄口をたたいてくることもない。魔力にアクセスして、その流れの通り道を、変え…

 

「あっっっっっっづっっ!!!!!!!」

 

思わず手を離す。今まで血縁者としかこんなことしたことなかったので完全に甘く見ていた。まさか数秒も持たないとは。

「は、まじか…はは」

乾いた笑いが出てくるのも仕方ないだろう。せめて首輪でもあればましだった。こういう時に使えるマジックアイテムの一つだ。ただこれは、魔力をためることではなく魔力を通して変換すること、ひいては遠隔的に操作することに特化したアイテムだ。実家ではよく目にしたものだが、

「都合よくお前が持ってるわけねえもんな」

ダメもとで聞くとわかりやすく顔を歪めた。いや、俺の趣味じゃねえよ。子供に魔力の流し方教えるときによくやるだろ。教会ではどうなのか知らないが、家はそうだった。魔力の流れが見えるようになるまでは大人が無理やり正しい流し方を教えて体に慣れさせる。

先程とは質の違う顔の歪め方で虐待を疑ってくるので、これは一般的な方法ではなかったようだ。だからと言ってやめるつもりはない。こいつのこの年まで染みついた魔力の流し方変えるにはこれくらい強引なやり方じゃないとどのみち話にならん。

 

そうなると、取れる作戦は一つ。

 

 

 

 

 

 

「そこ座って…口開けろ。………………噛むなよ?」

 

 

 

 

 

続く