どうせ今年だって会って一番に言ってくれるんだ。ほしいものはあるか?って聞かれたこともあったけど別に何か物が欲しいわけじゃない。そうすると少し高めのバーに連れて行ってくれるわけだが。
「あ、翔湊!探したよ」
「ン」
「誕生日おめでとう」
「ドーモ」
ほら言った。多分言い忘れないように探してたんだな。このあとプレゼントがどうのって
「今年のプレゼントなんだけどさ」
「今日一日おれのことを好きにしていいぞ!」
「は、」
「どこか行きたいとこがあるなら付き合うし、やりたいことあるならさせてやる。な、どうだ?」
「どうとか…」
「まあ急に言われても思いつかないよな!考えといてくれ。じゃあ、あとで!」
はぁああああ????
言うだけ言って廊下の角に消えてしまった。好きにしていいとかって、はぁ?あの人、誰にでもそういうこと言うのか?変なこと言われたらどうすんだよ…って変なこと考えてんのは俺だけか?違う違うそうじゃない。というかもう夜だししたいことするって言っても結局飯行くくらいしかできることないだろ。
全くあの人は、こっちの気も知らずに
何度目かのため息を吐いてしゃがみ込んだ。
誕生日の翔湊は少しわかりやすい。会った瞬間からどこかそわそわしていて、自分から誕生日だとは絶対に言わないんだけど、でもそれは目が言っているようなものだ。祝福の言葉を贈ると口ではそっけないくせに帽子を被りなおしたりなんかして可愛らしいとこもあると思う。やっぱり祝われるのはうれしいんだろうな。だのにプレゼントの話になると何も食いつかないから、なんとか翔湊が喜ぶプレゼントを考えたいものだと知り合いに相談もしてみた。
「翔湊様絶対に喜ばれますよ!」
とは言っていたが、あの反応は成功だったんだろうか。確かに普段と違う反応ではあったけど。
何を頼まれてしまうだろうか、そんな風に考えて楽しみになっちゃって、まるで俺が誕生日みたいだ。思わず漏れる笑いを苦めの缶コーヒーでかみころす。
「透矢さん」
「お、決まったか?」
「行きたいところがある」
「わかった!バイクは?」
「いらない。歩いていく。」
じっとりとした汗を時折吹き抜ける風がさらって行く。ビルの明かりに見下ろされながら翔湊がおもむろに何かを取り出した。
「これ、透矢さんの分」
「えっ!?いや誕生日なのにもらえないだろ」
「…したいこと、させてくれるんだろ?」
いつもこんな調子で言いくるめられてしまう。反論したいけど確かに、と思っていつも何も言えなくなってしまうんだ。渡されたのはたぶん近くのコンビニで買った冷たいカフェオレ。
どれくらい歩いたかわからない。道中はいつも通り俺がなんてことない話をして、翔湊がそれに相槌を打ったり突っ込んだり。気が付けばビルの明かりが遠く感じた。
着いた、と言われ見渡すもあるのは少し寂れたベンチくらい。近いようで遠いビルの喧騒に取り残されたような場所だった。
翔湊はそのベンチをさっと手で軽くはらって座る。自分の分のカフェオレを開けて一口。ぬるい、と零して振り返る。
「…座れよ」
「翔湊……ここは?」
「どこでも付き合うって言ってただろ」
「言ったけど」
「じゃあ文句言うなよ」
文句言ってるつもりじゃなかったんだけどな……!とでも言いたげな顔ででも少し困ったように口を噤む。そのまま二人の間には沈黙と夏の風が流れていた。
「なんか……喋らないのか」
「……いいのか?」
「喋るなって言ったつもりはない」
「……。翔湊が、静かにしてほしいって言うなら静かにしてるし……誕生日だしな」
「アンタは……!アンタは俺が黙ってろって言っても黙ってないだろ。何言っても……どうせやりたいようにやるんだから」
「翔湊……?」
「でもいいんだ。アンタはそれでいい。そのままでいてくれればいいんだ」
「でも俺は、翔湊のしてほしいようにしてやりたいし……それくらいのわがままだったらかわいいものじゃないか?」
この男は!わかっていないからそんなことが言えるんだ。歯止めが聞かなくなったらどこまでも望んでしまうのに。自分のもとにしばりつけて束縛したいわけじゃない。なんて、嘘だ。俺のもとで俺だけ認めてくれればいいのに、と思う。信頼ゆえの無防備さがたまらなくもどかしかった。
はっと自虐めかして笑う。
「それなら、『好きにしていい』とか、もう言わないでくれ」
「ごめん、嫌だったか」
なんて見当はずれな言葉につい食い気味で補足する。
「他の奴にもだ」
「……。わかった」
わかった。わかったって何がわかったのだろう。彼とのこの遠さの分だけまた少しだけ泣きそうになった。
「……。わかった」
喜ばそうとしただけなのにな。なんでそんな顔させてしまうのか俺にはわからない。わからないけど、 おめでたい日にそんな顔は似合わないから。この約束でその顔が少しでも晴れるなら。