世界で一番、綺麗なもの 第九話

不甲斐ない

 

何もできない。

 

そんな自分がいつも嫌いだった。

 

 

 

教会に入り新たな力、神の恩恵を手にした人間たちはその力の強さで神からの愛を計り始めるようになって。家を失い教会に保護されるよりも、その新たなる力を求めて家を捨ててくるものが多かったころ。そんな信仰の意味を見失った教会に一人の少年がいた。彼には父親と母親がいたはずだし、年端もいかぬ弟がいたかもしれなかった。あれはもしかしたら隣の家に住む友人だったかもしれないし彼の憧れが生み出した幻覚だったかもしれない。ただ、現時点でのたった一つの事実は彼らは少年の前から姿を消したということ。彼らが自ら進んで姿を消したのか消さざるを得ない何かがあったのか。彼らが少年を捨てたのか。少年は何も知らなかった。

身寄りのないものを匿うはずの教会でそれでもさらに出生の知れない少年は疎まれた。彼の相手をしてくれるのは、彼がその空間で母と慕うことを強要された”心の優しい”女性だけだった。

 

「努力によって魔力量は成長する」

 

現在よく知られている通説の一つだ。少年はそれを信じてくる日も来る日も練習した。初めの頃は魔力が切れてしまうまで、いつしか一日中魔法を使っていても魔力が途切れることはなくなった。

魔力量は増えたのだろう。しかし、いつまでたっても魔法の威力が上がることはなかった。神に愛されない少年はだれからも愛されなかった。残ったのは役に立たない少年だけ。どうにか疎まれないように、どうにか居場所を失わないように。いつの間にか少年は相手の心を読んで機嫌を取ることばかりうまくなっていたのだ。

それでも彼は真っ直ぐに、そこの役に立とうとした。いつしか拾ってくれて育ててくれたこの組織に、愛情を注いでくれた”家族”に。恩が返したかった。彼は危険な任務にも名乗りを上げた。

しかし結局彼に与えられたのは初心者の勧誘という雑用。それでも。彼は手持ちの能力を最大限に生かしかつてない信者数をたたき出した。何も望みなどなかった。ただ、しいて言えば彼は、褒めてほしかったのだ。

ただ、教会は”役立たず”のはずの彼の功績を認めなかった。

 

そんなことが続いて、だんだん彼は仕事を”そつなく”こなすようになった。可もなく不可もなく。どうせ誰も見ていない。ただ、もし見てくれているものがいるのならば。彼には一つの希望があった。

それは神なのだろう。

神様、なぜ私は認められないのでしょう。あなたは見てくれているはずですよね。頑張ることは無駄ですか?役立たずの私が役に立つことはできますか?あなたは私に試練を課しているのでしょうか。彼は毎日欠かさず祈った。自分の在り方を問うた。誰にも見つけてもらえなくても、誰にも褒めてもらえなくても。

 

神は私を見てくれている。

 

それが唯一、彼の心の支えだった。

 

だから彼はどんなに疎まれても自分を救った教会の助けとなるよう任務を全うしたし、そんな素晴らしい組織を多くのものに知らせようと思った。もう見返りなんて求めていなかった。誰かに褒められなくたって。正しいことをしていればきっといつか救われる。

 

 

そんな任務に持ち前のほんの好奇心を少々。

それが今のパーティーメンバーとの出会いだった。

 

いつもと同じことの繰り返しのはずが、彼女の不思議な物言いにそそのかされてしまったのだ。それがつい、敬虔な彼への神からの使い、天使様に見えてしまったのだから。現にそれは魔法効率の特訓へとつながった。あれが神様のお導きに違いなかった。自分にも十分な魔法が使えたら、神からの愛を受け取っていると証明できたら。そうすればきっとみんなだって。

 

しかし

 

 

 

今の自分はどうだ。厚意で手伝いを申し出た彼の誘いを一度は断った挙句、この体たらく。後始末まで完全に彼に任せてしまった。不甲斐ない。ただ自分は座り込んでいただけで、何もできなかった。そんな自分が、きらいで、きらいで。神様もきっと失望されたに違いない。彼はきっと、あの何もできなかった頃の少年から、何も変わっていなかった。

 

受け取った水で口をゆすぎ、残りは顔にかけてしまう。そうすれば少しは気持ちを切り替えられるかと思ったが、タオルで拭っても到底彼のもとへ帰る気にはなれなかった。自分勝手なことをしている自覚はある。けれど。もう拭ったはずなのに次から次へと流れてくこの水分を止めるまでは、許してほしい。そう思った。こんな弱い自分はだれにも見られたくはなかった。

 

 

 

 

 

 

「アオイセンセ…?」

 

見られたくなかった。のに。

人受けのする最大限のほほえみ。自分の気持ちに蓋をして表情を張り付けることも、相手に求められた役回りを演じることも得意だった。それしか残っていなかった。それすらできなければ私は。

 

「どうしたんだ?」

彼のものとは違いやわらかくあたたかい指が頬を滑る。口を開いてもうまく言葉が出てこなくて、合わせられなかった目も曖昧に伏せてしまった。それなのに、彼女は、頭をかき抱いて肩口によせる。ふわふわと髪を梳く指先、しっかりと受け止めるように回された左腕。こんなあたたかいものに触れたのはいつぶりだろうか。少なくとも、彼が恩返ししようとした施設からは与えられなかったもの。役立たずだから、と分けてもらえなかった愛情。

 

自分が出来損ないだと知ったその時に、自分の求めていたものをよこすだなんて。神と言うのはどこまで残酷なのだろうか。でも、残酷でなければ、人の心を持つのならば、人の上に立つなんてとても。

 

微笑みの裏に押し隠したはずの涙があふれるのを止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

続く