嘘にするつもりなんて

あたたかい日差しが降り注ぎ、通り抜ける風が足元の桜の花びらを攫う。今日から四月。まだまだ寒い日もあるが、今日みたいに暖かい日は上着がいらないほどであった。主人の上着を丁寧に腕にかけ、ペースを合わせ庭内を散策する。ここで生まれ育った彼女に案内されて歩くのは楽しい。庭師が手をかけたであろう一般公開もされている正面が美しいのはもちろんのこと、家の陰に隠れてしまう小さな花を見つけては顔をほころばせて報告するその姿は何にも代えがたいと思った。

 

この広い邸宅に残された彼女はかわいそうだった。母親は娘に目もくれず、愛する男のもとに去っていった。十数年信じていたものを崩されて、何に縋ればいいかわからない、そんな目だった。そんな彼女の手をおどけて取ってみせたのは間違っていたとは思わない。でも、どうせ離すことになるのなら、彼女を傷つけるなら、最初から取らないほうがよかった。そんな今更のどうしようもないことだって考えてしまう。

 

あの日から彼女はたった一人共にいるこの男に何度も何度も、確かめるように言葉を求めた。

「貴方はいつまでここにいるつもりなの」

棘の含んだ言葉は不安感からくるものだとわかっていたから。それにその時は嘘にするつもりなんてなかった。

 

 

 

 

「お嬢が望むのなら、いつまでも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決死の行進 前日譚