世界で一番、綺麗なもの 第六話

なるほど、先ほどのビンタはヒットポイントのためだったらしい。

つまり、こうなることを予定していたというわけか。

自分は防御に徹し、相手の力が尽きたところで物理的にヒットポイントを削る、そういう作戦だったわけだ。

 

 

…いやいや、そんな話あってたまりますか。いつ力が尽きるかもわからない状態でよく30分なんて条件飲みましたね?というかそれなら首絞める必要なかったでしょう!訳が分からない。得体がしれない。興味がなんだと言っていられない。…恐ろしい。

 

くるり、彼女が振り返り、その深紅が、こちらを、射抜く。背を伝う冷や汗、早まる鼓動。一挙手一投足から目が離せない。彼女はその可憐な口を開き、

 

 

 

 

「よし、帰るか」

 

 

 

徐に倒れ伏した彼を軽々と担ぎ上げ歩き出す。

「なん、で」

 

「え?いや、こんな固いとこに寝かせてたら体痛くなるだろ」

 

先ほどまでとは打って変わって飄々とした顔つきだ。

わからない。彼女の実力も、真意も。それに、彼の言っていたことだって。わからない、けど。だからこそ、面白いはずだ。それを知るため、多少の犠牲なら払おうじゃないか。大丈夫、我々には神がついている。

 

「ハル、そんな運び方ではよくありませんよ。私が運びますから」

努めてにこやかに、いつも通り話しかける。お、そうか?などと。騙されたフリなのか素なのか真偽のほどは確かではないが、この危ない綱を渡ってやろうと、もう決めたのだ。それでどんな地獄が待っていても、最後までやり切ってやろう。

 「ええ、任せてください」

 

笑顔の裏に思惑を隠しながら。

 

 

 

 

 

「………………ん」

寝起きでかすむ視界に映るは真っ白な天井。いや、真っ白というには少し年季が入っているようだが、少なくとも直前の記憶にある吹き抜けの先の青空ではなかった。だるくて体が動かせない。そして少し重い右腕の感覚。その正体を確認する前に視界の端で物音がする。

 

ガチャ

 

「おや、キヨヒトくん。…ほらハル、目を覚ましましたよ」

何やら持ってきたものをサイドテーブルに置きながらベッドわきの何かを小突く。すると、ぅ…という間抜けな声が返る。そうだ、そいつが右腕のおもりの正体。目線だけを向け視認する前に勢いよく起き上がってきた。

「キヨヒト、無事か!!!」

突然響き渡る大声にぎゅっと目を閉じて顔をしかめる。やけにうるさく響くが、それも当然。あまりにも体調が万全じゃなさすぎる。ようやく追いついてきた事態の理解に長い息を漏らす。

返事をしない俺をグラグラと揺さぶろうとするハルを冷静な声がたしなめる。

「こらこら、病み上がりなんですから無理させちゃいけませんよ」

まだ上がってすらいねえよ。そうだもっと労われ、という心の声は無視して、でも…と続ける彼に目線をやる。

「ネタばらしのお時間ですよね」

両手にティーカップを持った悪魔のような顔だった。そんなのいるのかは知らんが。

 

 

ず、とお茶をすする音だけが無邪気に浮く空間で彼は優雅に足を組みなおす。

「キヨヒトくんが寝ている間に、ハルへの問答は一通り終わらせたのですが…今一つ要領を得なくて。」

悩まし気に目線をやる彼に話題の当人は能天気に笑顔を返す。

「ですので、キヨヒトくんにお話ししてもらおうと思いまして。ああ、もちろん貴方がハルに質問をするのでも構いませんよ」

黙って聞いていたが、つまりそれって…

「ネタばらしって、俺がするってことか…?」

さすが、ご理解が早い方は好きですよなんてまわる口をふさいでやりたい衝動を抑えながらも、諦める。どうせ何言ったって無駄だろう。お茶だけでなく焼き菓子で餌付けされてる彼女に問う。ちょうどいい、俺も聞きたいことがあったんだ。

「これは、作戦通りか?」

「うん」

口の横にカスを付けながら返事をする。

「絶対に仲間になってほしかったから、絶対勝てる方法でやった。」

「そうか」

 

そうか、そうかそうか。それなら、納得がいく。

「ええ…っと、二人だけで納得してしまわないでくださいよ。私だけ仲間外れですか」

頬を膨らませてわざとらしく難癖付けてくるのを鬱陶しいと視線だけでいなす。

「こいつは魔法を使わずに、俺の魔力切れを狙ったってことだろ。」

そーそーと次の焼き菓子に手を伸ばす彼女となにも理解できない、といった顔の彼。仕方ない、丁寧に説明してやるか。

 

「あいつが魔法を使わずにどうやって防御したのかは知らない。魔法は使えないらしいから、おそらく通常の手段での攻撃は諦めたんだろ。だから、ひたすら防ぎながら魔力切れを起こしたタイミングで物理的になんかしら…例えば殴るとかすれば、ルール上はあいつの勝ちだ。攻撃は魔法のみとは決まってなかったしな。あの圧迫は魔法を乱発させて消費を早くするためだろ。正直すげえビビったけど。」

「そんな魔力切れなんて狙って起こせるものなのですか。」

 

ああ、これだからめんどくさい。一般常識ってやつを多分に備えたやつは。常識っていう変な偏見がない分ハルの方が話が通じるって言うのは正直な気持ちかもしれない。その厭いを隠しもせず頭を掻いて答える。

 

「見えるんだよ。魔力ってやつが。」

 

完全にカップを置いて熟考の姿勢に入ってしまった 彼をおいて話を続ける。

「だから体内のどこを循環させんのが効率いいかもわかるし、だから徐々に威力が落ちるなんてマネはしない。普通はわざと無駄に魔力が通るようになってて、使い過ぎで魔力が0にならないように、リミッターの役割を果たしてる部分があるんだけど、故意にその部分に魔力通すの避けてるから。ぎりぎりまで普段通りの魔法使えるし、その分使い終わったらぶっ倒れる。」

そうやって教えられてきた。その言葉は飲みこむ。今べつにこの情報は必要ないだろ。あいつが求めてるのはあの決闘での思惑と事実だ。

うちの人間はみんなそうだから…ギルドカードみられたし、お前も知ってるかと思った。」

 なんて白々しく返してやれば意外と食い下がることはなかった。

 

「でも、それ。あまり人に言わないほうがいいぞ。」

てっきり目の前の菓子に夢中で聞いていないかと思っていた。でも、そりゃあそうだ。見えるなんて言ったらどんな扱いを受けるか。よくて煙たがれるか悪くて実験体だろう。そんなこと勿論。馬鹿ではないのだし、言いふらして生きてきたわけではない。

「わかってる。…でも負けただろ」

「え?」

「お前との勝負、負けただろ。だから、その…仲間、がどうとか…」

「そうか!仲間だから教えてくれたんだな!」

 

べつに…と口ごもりながらそっぽを向いてしまう。いつもこういうときには言葉が出てっこなくて困る。可愛げがないといつも吐き捨てられていたものだ。

 

「そうかそうか!よしよし」

「おやおや、可愛らしいですね」

 

「………………は?おい、ちょ、やめろ…おい!撫でるな!」

 

 

 

四本の腕を何とか振り切り無理やり話を逸らす。

「それで、次の街にはいつ移るんだ」

「キヨヒトくんが回復次第でいいのではないですか?このパーティー、実質清仁くんのソロですし。」

 「ここに寝転がったままで勝手に回復するわけないだろ。」

一般の大衆とはここまで無知だったのか。確かにそもそも限界まで使い切ることがないだろうし、民間療法で知らぬうちに回復しているのだろう。

また一から説明か、と開いた口から出た言葉は彼女にかき消された。

 

「そのまえに、あたし少しやりたいことがあるんだ。」

 

 

 

続く