世界で一番、綺麗なもの 第五話

残HP

キヨヒト …100%

ハル   …100%

 

 

 

 

液晶から目を離せなかった。信じられない。その間にも放たれる魔法弾。しかし、直撃しているはずのそれは微塵も彼女のHPバーを動かすことはなかった。あれだけの攻撃をすべて打ち消すというのは、並大抵のことではない。守りや回復に秀でたものが多い教会の結界師ですらできるものは半分、といったところか。魔法を使えないなどと宣いながらその実これだけの魔力量を有していたのか。その実力にだけでなくそれを隠していた技術にも恐れ入る。

魔力は一定程度を超えるとオーラとして視認できる形になる。その色や印象は使う魔法の種類にもよるが、眉唾物の噂で使い手の性格を表しているとも伝えられている。一般に、オーラが出ていることは一定以上の実力があることを示しており信頼の要因の一つになりうるが、中にはそれを隠したがる人もいる。それは、やましいことをしているものもあれば、単に実力を見て距離を置かれたくないなどと言う人もある。

ともあれ、彼女がどんな理由であれその実力を隠していた、というのは事実だ。大きな力を隠すにはそれを上回る力がいる。アオイに彼女には魔力がほとんどないと勘違いさせるほどの技術か力か。湧き上がる感情が口角を押し上げるのを止められなかった。

 

「おい審判。そろそろ止めなくていいのか」

ようやっと追撃の手を緩め、こちらに歩いてくる。首を傾けて液晶を覗き込む。もちろん場外なんてルールはないので、理論上は可能な行為だが、決着の判定が出る前にこんな余裕ぶった態度をしているのは初めて見た。気持ちはわかりますがね。あれほど魔法が使えないと豪語していた女性がこの猛攻の中立っているなんて思いもしないでしょう。

「実は、まだ止められないんですよ。なんて言ったって…」

 

「キヨヒト、よそ見か?」

 

彼女はゴングが鳴る前とまったく同じ場所に立っていた。魔弾による衝撃で地面は傷ついているが、彼女にいたっては自身も装飾品も何一つ小綺麗なままだったのである。

 

 は、と口を開いたまま呆然とする彼に声をかける。

「驚きますよね、こんなに魔力を隠していただなんて。」

力なく首を振りながら言う。

「ちがう………………」

 

「これは魔法じゃない」

 

「あいつは魔法を展開していない!」

 

 

 今度はこちらが口が塞がらない番だった。

 

「何を言うんです…おおかた、無詠唱で魔法障壁を」

「ないんだ」

「なにがです?」

「魔力の痕跡が、ないんだ。」

 

魔力の痕跡といったって………………。魔法を発動させるには目に見える魔法陣や何かが必要なわけではない。そういうのはたいてい魔術と呼ばれる。魔術には、周りの環境から、例えば地脈から力を借りたり、魔法陣を使って行う、つまり外部の力を使って行うものが多い。そもそも魔術とは、数学のようなものだ。学問としての一分野の地位を得ている。数学の公式が美しいように、魔術の描く流線は美しい。対して、魔法とは計算のようなものだ。日常生活に根差して道具として用いられる。これは主に体内に魔力を循環させて使うものだ。一般に魔力は努力によって伸ばせるとされているが、学派によって諸説あるのが現状だ。目に見えないものなので、解明が難しい。話がそれてしまったが、彼女が使っているであろう魔法に痕跡など認められるはずがないのである。

 

 

「おはなし、すんだか?」

 

声をかけるも、反応が返る前に足払いをする。紳士的とは言えないが、別にフェアプレイ精神を求めてここにいるわけではない。そういうのは王立騎士だけで十分だ。そもそも、騎士と言えば聞こえはいいが彼らは戦争のための国の駒に過ぎないのだから、それこそフェアプレイも何もないだろう。

 

ぐらり、と大きく傾いた彼にそのまま馬乗りになる。

「――――っ!」

こんな時にまで暢気にすべて詠唱して打ち出す彼には尊敬するが、彼女は少しも動かない。そもそもそんな近くで爆発させていれば、自分にもダメージが入るだろうと思ったがその辺は抜かりないらしい。ただ、彼女も動き出す。腕を伸ばし、手をそっと喉仏の横、頸動脈にかける。親指と人差し指の間で圧迫していく姿は、まさに天使だった。様々な光を受け、それでも笑みをたたえ人の命を奪う天使。昔見た、教会のお話ではまさにそうだった。

しかしそれに見とれてもいられなかった。その状態でも詠唱をやめない彼は息を荒げ魔弾を打ち続けていた。脳に血液が回っていない状態で。つまり、それが彼女に意味をなしていないこともそもそも、もう狙い通り打ててないことにも気づかないまま。あらぬ方向へ飛ぶ魔弾はもちろん審判席にもやってくる。アオイはそれを避けることで手いっぱいだった。

 

静寂は急に訪れる。瞼は閉じ、うでの力は抜け、ただ上がった息だけが戦闘の余韻を残していた。

 

「え、ハルその絞め方でおとして…?」

「魔力切れだろう」

 

彼女のその絞め方は人の意識を落とすのに適したものではなかった。あれは脳への血流を阻害するものであったし、指ではなくヒレで絞めていたため加わる圧力も小さかったはずだ。あれでは、意識がもうろうとすることはあっても、おそらく意識を刈り取るまではいかないだろう。

そして、魔力切れと言うのは普通予兆がある。最大限使ってなくなったからその瞬間魔力切れとはいかないのだ。だんだんと威力が落ちて行って、魔力が魔法の形を保てなくなった状態が、魔力切れと呼ばれる。当然だ。魔力は体内を循環していないといけないのだから。だから、魔力切れと言いつつも形にならない程度の魔法は出せるはず。使い切って意識が飛ぶなんてことあるはずない。

 

「あ、そうだ」

 思い出したかのように、急に彼の頬をはたく。意識がない人間にすることか?先ほどは天使にたとえたが、やはり悪魔のような人かもしれない。

 

 

PiPiPiPiPiPiPi!!!!!!!!!!!

 

 

アラーム音が耳をつんざく。

「さて、結果発表だな。」

 

約束の30分が過ぎた。

 

 

 

 

 

残HP

キヨヒト …99%

ハル   …100%

 

 

 

続く