「そんな煽るようなセリフだって、無自覚なんだろう。」

寂れた駅からバスをはさんで数十分、木枯らしのおちる階段を上って可愛らしいマスコットの付いた鍵を差し込み、ひねる。空いた扉に体を滑り込ませ、なだれ込むように帰宅する。眠気と疲労の限界で玄関に立ち尽くしているとパタパタとスリッパの音が聞こえてくる。

「おかえり!」

荷物と上着をはぎ取られて背中を押されソファーに座らされる。ぼーーーーっと何も考えられない間に彼女は手際よく片付けてきて、何もない空間と焦点が合う瞳を覗き込んで頭にわさわさと手を置きながら言う。

「よし、今からご飯温めてくるなー」

背を向けてキッチンに向かう彼女に、頭をゆすられてようやく焦点を合わせると、手を伸ばし抱きすくめる。後ろから拘束してしまい、首筋に顔を埋める。

「え、あっ…あの、翔湊?!」

困惑の声をよそに深く息を吸う。

 

………………いいにおいがする

 

それにあたたかくてやわらかくて、温度の上がった首に鼻先を押し付けながら目を閉じると、落ち着いてまた眠たくなってきた。

「ど、どうしたんだ?疲れちゃったのか…?」

腕から抜け出すことを半ばあきらめながら後ろに声をかけてくるのでそれに「んー………………」と気のない声を返す。

こんなに夜遅くなってもご飯を作って待っててくれるし、かいがいしく世話も焼いてくれる。こんなふうにいきなり拘束しても文句も言わず、果ては心配してくれる始末だ。ああ、本当にもったいないくらい。やっぱり、

 

「すきだ………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂が場を支配する。後ろからは規則正しい呼吸音が聞こえる。

「あ、あの…息、くすぐったい…!」

無理やり話をそらそうと、この体勢からの解放を要求するも返答はない。

ずるっ…

急に背中が軽くなる。床の上ですうすう寝息を立てる彼に目をしばたかせて、これ以上ないくらい紅潮した頬を自らの手で包み込んで座り込む。皮膚に鼻と共に触れる唇の感触、吐息に期待してしまっていた、なんて。絶対に言えない。

「うあぁぁ…」

意味もない独り言をこぼしながら羞恥心をなんとかごまかそうと冷蔵庫のビールを手に取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

変な時間に起きてしまった。寝心地の悪さに目を覚ますと、ソファーの上で毛布一枚かかった状態で転がっていた。身長はほぼ変わらないが、やはり女性の体では連れてくるのも一苦労だろう。ずるずると懸命に引きずる様子も目に浮かぶ。

ところで、彼女はどこだ。体を起こすと、それはすぐに見つかる。ローテーブルに向かって座っていた。足を体の前に畳んで赤らめた顔をこちらに向ける。

「かなた」

毛布をわきによけ隣に行くと缶が数本転がっていることに気が付いた。

「なんで、酒なんか」

彼女が一人で飲むことは少ない。もともと一緒にのむ予定で俺が寝てしまったから一人で飲んでしまったのだろうか。しかし、ここ最近俺が立て込んでいるのを知っていたし、そのうえで誘うような人間ではない。こちらが疲れていると知ると、どんな状況でもすぐに寝かしつけてくるような奴なのだ。

「ばれないように、?」

何を???隠し事なんて。そもそも隠し事なんかできない人間なのに。特に酒なんか飲むと言わなくてもいいことまで全て話してしまうくせに、隠し事だなんて。

ただ、一度決めると頑固だということも知っていたから、もし何か大事なことを俺に隠すと決めたのなら、その内容まではどうやっても話さないのかもしれない。

このことに口をはさむのは野暮かもしれないと思いつつもそれでも寄ってしまう眉間の皺をそのままに正面から抱きすくめてやる。

「それは、おもしろくないな」

顔を見られないように耳に直接さらけ出した恨み言に、彼女はこくり、と喉を鳴らす。

「それ、だめだって、期待、なんてはしたないから…だから、忘れようとしてたのに」

いくらアルコールが入っているからと言っても赤すぎる顔を見られないように。巻き付けた腕に力を込めたのは彼女の方だった。