「それで、なんでついてくるんだよ」
朝から出かけて行ったキヨヒトさんに二人で堂々とついて行っていた。初めは堂々としすぎていて突っ込まれなかったのだが、さすがに限界だったようだ。
「暇だからな!」
「自分たちでもモンスターとか倒してればいいだろ」
「まだスライムしか倒せないしなぁ?」
同意を求めるようにこちらを向く彼女に変わって言う。
「ええ、ですから、見学させてください。ああもちろんお邪魔はしませんよ」
これ以上言っても無駄だと悟ったのかくる、と背を向けすたすた行ってしまう。…もしかして私のことも話の通じない人間だと思ってます?失敬な。
事実、依頼自体は至極簡単だった。いや、私たちに達成できるかと問われれば否であるが、彼程度の実力の持ち主であれば、なるほど、一人で十分だ。
なぜ彼はパーティーに属さないのだろう。何か事情があるのか…単に一人が好きなだけか。まあいずれにしろ、やることは決まっていますから。
「話が違うだろ」
「何も嘘はいっとらんよ、お前さんが勝手に勘違いしただけだろうに。」
くそ、まただめか、と吐き捨てる。
「何かあったのですか?」
「いや、ね、依頼の達成報酬のこいつなんだけどさぁ」
依頼人の男性は手に乗せた指輪を見せる。武骨な手に不似合いな、天使を模った繊細な指輪。それはまさしく天使の指輪と呼ぶのにふさわしいものだった。
「天使の指輪、ですか?」
「そうなんだよ、だけどこいつがさぁ」
「俺が探してるのはこれじゃない。」
わかりやすく顔をしかめる。仮にも依頼人の前でする顔ではない。こんな不愛想で世間わたっていけるのだろうか。もう少し社交辞令とかそういうの、学んだほうがいいと思いますよ。
「まあまあ、だからと言って依頼人さんにあたっても仕方ないでしょう。ここは失礼しましょう」
報酬を預かって隣の二人の背を押して帰る。
「またなーおじさん!」
「おー、今回は助かったぞ、ありがとなー」
振り返って手を振ろうとする彼女のことも無理やり押して進む。
「なあなあ、キヨヒトは『天使の指輪』を探してるのか?」
街へ行く石畳を進みながら彼女は問う。
「別に、関係ないだろ。」
これまで通りぶっきらぼうに言う、しかし話をそらそうとしているように見える。何か都合の悪いことでもあるのだろうか。
「何でも願いが叶うって言う天使の指輪?」
同じペースで歩いていたはずの彼が視界から外れる。
「…何か知ってるのか」
んー、と彼女もいつも通り能天気そうな返事をする。しかし、目は笑っていなかった。
「知っているなら教えてくれ。」
だから人にものを頼むならもう少し言い方ってものがあるでしょう。
街に戻って、昨日の取った宿屋の一室に集まる。人のいないところで話したいという彼らの要望によりこうなったわけだが、こんなところに女性一人で来て、危機感とかないのだろうか。
「それで、天使の指輪というのは…噂に聞くあれ、ですか?」
今時初等教育を受ける子供でも知っているおまじないだ。天使の羽の入った指輪に願うとなんでも願い事が叶う。一部のマニアックな古物商が取り扱うという話は聞いたことがあるが、あの噂を素直に信じるのは女児くらいだと思っていた。天使の羽の描かれた指輪を首から下げる。すぐに飽きてまた新しいおまじないに手を出し、家の隅から埃をかぶって出てくるようなありふれたものだ。
「ああ、真偽はわからないが、どうにも、存在するらしい。」
まさかこんな顔してメルヘンな趣味をお持ちだとは。案外騙されやすいタイプなのだろうか。
「信じてないだろうけどな、天使の指輪はあるんだぞ、アオイセンセ。」
彼女が信じ込むのは想像に難くなかったけども。
「ただ、あれはそんな万能なものじゃない。キヨヒトは何を願うつもりなんだ?」
「別に、ただ、あれを手に入れて、俺は認められなきゃいけないだけだ。」
そんな伝説上の宝物を持ってこいだなんて、お相手はかぐや姫でしょうか。それより気になるのは、
「ハルは詳しいのですか?」
初めて会った時と言い、口ぶりに違和感がある。まるで、自分たちとは違う常識の中で生きてきたかのような。
「あー、まあちょっとな。あれが叶えられるのは天使の仕事の範疇のお願いだけだよ。」
「俺には願いが叶うとかどうとかは興味がない。話が通じるのは人間だけだろ。」
その言葉に彼女は何とも言えない顔をする。そしてうーーーーん、と眉間にしわを寄せた表情のまま唸る。
「やっぱりあたしにはなんて言ったらいいかわからない。正直に話したほうがいいような気がしてきた。」
数秒で諦めなんてことないように言う。
「あたしもそれを探してるんだ。」
まあ、彼が探しているといった時よりは衝撃が少ないですけども。
「持って帰らなきゃいけないから、誰かが願い事するって言うならそれでいいかなって思ったんだけど…キヨヒト願い事しないんだろ?困ったな」
そんなこと馬鹿正直に言ってしまわないほうがいいに決まっているのに。こういう損ばかりするような人間は見ていられない。もっと上手に生きればいいのに。手伝うふりして最後にもらって帰ればいいでしょう。言ってしまっては協力もできない。
「だからさ、一緒に探そう!」
誰がそんなほしいものがブッキングしている人と協力するというのです。裏切られて奪われるが関の山ですよ。
「今度こそ俺にメリットがないな。お前たちは二人じゃスライム程度しか倒せないでこの街に残る。その間俺はいろんなところを探しに行けば、お前にとられる心配もないだろ。」
正論だ。彼女は魔法も使えないというのにどうしてそんなものを求めるのだろう。いや、もしかしたら使えない故かもしれない。「魔法を使えるようになりますように」なんてフィクションじみた願い事。
「わかった、じゃああたしが勝ったらパーティーに入ってくれ!」
なにがわかったのかはわからないが、彼女は立ち上がってスライムの酸にも耐えられる厚い革の手袋を彼の前に落とした。
「決闘だ。」
「いやいやいや、待ってくださいハル。彼の魔法見たでしょう?あなた魔法も使えないのにどうするつもりなのです?一回落ち着きましょう、ね?」
慌てて止めに入ると後ろから、は、と笑い声が聞こえる。さすがにジョークだとわかってくれていたようだ。相手によってはこんな屈辱に耐えられないと、女子供相手でも喧嘩を買ってしまう人はいますから。彼が優しい人でよかったですね。
「は、こんなコケにされたのは、流石に初めてだな。…安心しろ、すぐに眠らせてやる。」
訂正、彼は絶対言ってはいけないタイプの人種でした。誰ですか優しいなんて言った人。たいそう短気じゃないですか。
「たかがこんな決闘なんかで命を危険にさらすなんて馬鹿げていますよ。今ならまだ間に合いますから、早く謝りましょうハル!」
別に彼女が命を落とそうと知ったことではないが、流石にこんな物の道理も知らなそうな少女を見殺しにするような真似は目覚めが悪い。…いえ、別にこどもあつかいしているわけではありませんよ。
「うーんと、じゃあそうだな。心配かけちゃいけないからハーフでの試合でどうだ?」
ほら、何もわかっていない。
「………………たかが決闘なんて、何も知らないお前に言われたくない。」
こっちはこっちでまさかの地雷を踏んでいたようです。もうこうなったらどうしようもない。せめて自分への飛び火が最大限小さくなるように。
「…えー、では………………会場、用意します、ね。」
どうせ誰も見ていないのだろうけど、いつもの表情を作れている気がしなかった。
続く