「暇だなぁ」
「暇ですね」
あらすじ、空から降ってきた女性を保護しましたが、彼女は魔法が使えないという。以上。
一応あの初めての邂逅からモンスターを何匹か(私が)倒し、素材を採集できる手袋とナイフを買い与えた。この世界でほとんど最弱とされるスライム相手ですら手出しできない状態であるから、このエリアから出ることは叶わない。まあ、死にたいなら別ですが。
そして私も攻撃特化ではないので…いえ、正直に言いましょう。攻撃には向いていないので、スライム以外に一人で手を出す気にはなれないのです。教会出身者の中でも少数だけが持つ回復スキルはパーティでは重宝されますが、一つのパーティーに留まるつもりはありません。多くの方と触れ合って神様のすばらしさをお伝えしてこそですから。そして、毒のスキルも、地道に固定ダメージは与えられますが、微々たるものなので、もっと強いモンスター相手では使い物にならないのです。回避しきれるモンスター相手でないと、満足に戦闘すら行えません。
そんな二人で何のモンスターが倒せましょう。攻撃がすべてではありませんが、攻撃ができないのであれば何も始まらないのですから。そして、スライムの湧くこのエリアにずっととどまっていると、スライムを狩りつくしてしまうのです。他の方に配慮して残しておいたほうが良いのでしょうが、なぜか、彼女と会ったあの日からここに来る人が少ないので、その点では良しとしましょう。そうして、スライムもいなくなった、この穏やかな草原でのんびりとしていた。最初は景色を楽しんだり、本を読んだり、なんだかんだ暇をつぶしていたが、これが何日も続くとどうしても暇と口に出してしまうのだ。
そうして今日も微々たる戦果をギルドに持っていくと、何やら受付でもめている様子だった。
「ですから、このご依頼は3人以上のパーティーでしか受けられません。ギルドからのパーティーの斡旋もできますから…」
「俺はだれとも組まないって言ってるだろ、その依頼も一人でできる」
「こちらとしても、規則ですので。」
「どいつもこいつも頭固いな」
髪を後ろで束ねた男と受付嬢が問答を続けていたが、どうにも話が進まないようだ。
「どうかされたのですか」
横から顔を出して馴染みの受付嬢に声をかける。彼女のギルドカード発行でもお世話になった女性だ。
「あ、ええと、ご依頼には最低人数が決まっておりますので、それ以下での受付はできないというお話を…」
「もういい」
横から出てきたアオイに頬を染め話している受付嬢の言葉を遮り男は出ていこうとする。その肩をつかみ引きとめる。
「まあ、お待ちください。少しお話しませんか?いや、なに、こちらにとっても貴方にとってもいい話だと思いますよ。ええと…キヨヒトさん?」
「なんで俺の名前を!」
肩に置かれた腕を振り払いながら警戒の色を強める彼にふふふ、と笑ってカードを見せる。
「お忘れですよ、これ」
ギルドカードの取り扱いにはお気を付けくださいね。
「…で、なんだよ」
情報交換やパーティー結成の場でもおなじみな酒屋。特段酒を飲むわけではなくてもここを利用する人は多いだろう。ホットミルクを一つ、彼女に与えておとなしくさせとくこととする。
「私たち、パーティーを組みませんか?」
「断る。」
即答だった。
「どうせそんなことだろうと思った。時間を無駄にした」とため息をついて立ち上がろうとするところを無理やり椅子に座らせる。
「まあまあ、人の話は最後まで聞いたほうが良い。短気は損気ですよ?パーティーというのも名義上で、ですよ。」
「何が目的だ?」
ぎろりと音の付きそうなほど鋭い目でこちらを射抜く。並みの人では怯えてしまうかもしれませんが、
「私たちこう見えて非力なパーティーですので。そうですね、報酬のいくらかをいただけると嬉しいですね。」
おどけてみせると、少し目を緩ませて嘲笑する。
「は、それで俺にどんなメリットがあるって言うんだ?」
「受けたいのでしょう?あの依頼を。しかも一人で。」
何かしらのこだわりがあって、あの問答になったはずだ。でなければ、私に声をかけられても振り切ってきただろう。それこそ藁にも縋る気持ちで、あの依頼を一人で達成する方法を探していたのだろう。
すぅっと目を細めながら長考する。その様子に一瞬周囲の喧騒と切り離されたような錯覚を覚える。
「俺は報酬の中でほしいものが一つだけある。それ以外だったら、全部好きに持って行ってもらって構わない。」
「では契約成立ですね。…はい、ではこれに」
「なんつう高いものつかってんだよ…!別に俺は途中で意見を変えるような真似はしない。」
「まあいいではないですか。」
そうして契約用の水晶に二つの右手をかざす。
光って曇りだした水晶を見届けて、また手持ちにしまう。
「なあなあ、いまのなんだ!」
確かに女性や子供は光るものが好きでしょう。…別に、子供だと思ってるわけではないですよ。
「契約用の水晶です。これでキヨヒトさんが私たちの仲間になったんですよ。」
おい、という制止の言葉に気づかないふりをして話を進める。
「そうか!あたしはハルっていうんだ!魔法が使えないんだけどよろしくな」
「は?魔法なんて生まれたての子供でも使えるだろう。何の冗談だ。」
「ヤ、ほんとうに使えないんだ。」
不審そうな目でこちらに助けを求める彼に説明してやる。「使えないらしいですよ。」
聞いたところで求めるような反応は得られないと判断したのか、あきらめたように息をついて空を仰ぐ彼に、ハルは懲りずに声をかける。「よろしくな、キヨヒト!」
「…よろしく」
世界には諦めて楽になった方が良いケースもあります。その一つが彼女のように話が通じない人との会話でしょう。一ついいこと知りましたね。
続く