その姿がどうであろうと-1

コンコンコン

 

夏の生暖かい空気漂う寝室に控えめなノックの音が響く。そっと寝室の扉を開けると、珍しく全身に布団をかぶせていた。これくらいの気温、いつもなら薄い布すらかぶっていられず丸めて抱えているだろうに。寒いのか、それとも体調がすぐれないのか。聞いたらきっと「なんでもないよ」と。誤魔化そうとしてくるのは少し寂しかった。苦しんでほしくないから、酷くなる前に手を打ちたいからというのも嘘ではないが、できれば素直に心配させてほしい。プライドが高いのも彼の魅力の一つだが、……。

「おはようございます」

起こすため声をかけて近寄っても身じろぎひとつしない。今日はそういう日か。昨晩特別遅く寝たとかそういうことはなかったはずだが。……はずだ。自分に黙って作業でもしていなければ。まあ、特別理由がなくてもこんな日はある。少なくともやけに早起きして悪い具合を隠そうとしないだけましだろう。

「デイヴィッド様、おはようございます。お茶をお持ちしましたが」

ベッドサイドまで近づくと艶やかなクルミ色がシーツに波打っていた。ただ、それが、いつもと比べて不自然に、長い。紐でくくれそうなほど、一晩で伸びるなんて考えられない。だって毎日櫛を通しているんだもの。それくらい、わかる。

「デイヴィッド様?」

どうしても気になって、褒められた行動でないのはわかっているけどそっと布団をめくる。カーテンから漏れだす朝陽がまぶしいのか「うぅ”ん……」と返事とも呻き声ともつかない音が漏れる。髪は一律のびているわけではないようだった。前髪はおおよそいつも通りの長さだったし、髪が伸びた結果というよりは、まるでこの形に整えられたようだった。

「デイヴィッド様!」

つい、強い声で呼んでしまった。この不安感を拭いたくて、自分の主人の存在を確認したくて。声を出してすぐ、縋ってしまっていることに反省する。そんなことはつゆほども知らず声に反応したのか、呼ばれた主人はもそもそと動き出してアーモンドのような目を薄く開ける。もう一度朝の挨拶をするとか細い声で「ン」と鳴いた。

反応はいつも通りだった。半分寝ているような眼で、何を言っても「ウン」と相槌を打つ。ミルクを入れて冷ました紅茶を啜り、だんだん意識が覚醒してくる。聞いているものからしたら突然、流暢に返事をしだすのだ。

「ああ、そうだね。昨日のはよかった。また用意してほしいな。…………ン”ン”ッ、?」

話しながら違和感を覚えるのか首をかしげる。普段より声のトーンが高い。喉がおかしいのかと手を当てて咳ばらいをしている姿を見て、モースはもう確信に近いものを抱いていた。しかしそれを、どう告げるべきか。女性の体になっているのではないか、なんて。

 

 

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