あらすじ:敬愛する主人がにょたった。(その姿がどうであろうと-1 - toffifeeの本棚)
「……僕の声、おかしくない?」
普段よりいくらか高いトーンの出る喉に手を当て不安げに見上げる。そこに映る従者はなんとマァ、情けなかっただろう。これでもかというほど眉を下げ、何かを言おう、言わねばとする口は曖昧な形にあいたまま、ついぞ音として空気を震わせることはなかった。
勿論投げられたものが純粋な疑問でないことはモースもわかっていた。自分にわかることは、犀利な主人にだって当然わかっているだろう。何と答えたからと言って彼の考えは変わらないし、何と答えないからと言って彼の成果も変わらない。これまでで返事の如何によって予定を覆したのは、おそらく自分の処遇に関してだけだった。ただ、答えによって彼の機嫌が、気の持ちようが変わるなら求めていることを答えたいではないか。
力なく落とした腕の後を追うように、クルミ色の髪がシャツの上を滑りカーブする。普段から大きめのものは着ていたが、それにしても。寝苦しいと途中で外してしまう胸元はふっくらとシャツを押し上げていた。
「なあに、これ」
幼く聞こえる声色に思わず出てしまったという風の半笑い。理解していないのではなく、理解したくない。わかっていたって自分の口では認めたくないことくらいあるのも当然だ。それがこんな突然の事故みたいなものでは。
「女性の体に、見えます。」
この返答で良かったのだろうか、確認の意を込めて盗み見ると目が合ってしまい、そらせなくなる。いつも涼やかな優しさを湛えた瞳が不安げに揺れる。間違えたのか?何を答えればよかったんだ?なんでわからないんだろう
「なんで」
自責の念と声が重なる。一瞬その言葉を彼に言われているのかと思った。心臓を掴まれ、それから走っていくような。早鐘を打つ感覚が通り過ぎて、やっと。そりゃあ不安だろう。そうだ、だって自分の体が知らないうちに変わってしまったんだもの。納得するだの以前の問題だ。
「わかりません。」
「ですから、今日のお仕事はお休みにして先生に診てもらいましょうか?」
しかしこう返しても予想とは違い不安げな顔のまま目をそらして、「やだ……」と小さく呟いた。わがままを言うようなときに目をそらすことはある。ただこんな、こんなか細い声は初めて聴いた。トーンが上がったからだけではないと思う。殻にこもるように布団を頭からかぶる。
「……とりあえず、先生をお呼びしますね?」
丸まった塊はもぞもぞと動いた。