郷愁の約束 2

あらすじ:夏の思い出的トラウマ(郷愁の約束 1 - toffifeeの本棚 (hatenablog.com)

 

随分懐かしい夢を見ていたようだ。頭を預けていたワンマン列車の窓枠から体を起こして軽く伸びをする。車窓にはいまだに青い畑が広がっているし俺以外の乗客も全然いない。あのあと、あれがあってからは、できるだけ町には寄り付かないようにしていたし、大人たちに偶にあったら腫物でも触るような眼で見られていたから、あの子が今どうしているかなんて考えるのもやめていた。

 

小学校でも「あいつと仲良くしたら不幸になるんだ」なんて。通学バスで、もう席がなくて隣に座る人に嫌そうな顔をされて、なんかもう面倒だなと思ったからこっそり自転車で通ってた。そうやっておれからもみんなからも離れていた。一人以外は。無鉄砲で本が好きなやつだった。そいつも不思議な言葉を話すから、何言ってるかわからない、宇宙人みたいって教室では浮いていた。おれもこいつは周りの言ってることがわからないから俺にも話しかけてくるんだと思ってたけど、分からないんじゃなくて人の話を聞いていなかっただけらしい。自由なやつだから、まあ、わかる。

彼女とは違いに本を持ってきて、放課後の図書室隠れるように読みあっていた。家には分厚い昔話ばかりあったから、古い紙の匂いと、それが引っ掛かりながら捲れる音、集中の好きに漏れる吐息の混ざるような風が好きだった。そこでは、枷の付いた自由みたいに、強い干渉がなくて、彼女のそういうところが気に入っていたのかもしれない。

 

その日持ってきたのはおれが一番聞かされた昔話の本だった。おれと同じたまもって名前の女の人がでてくる。首をかしげながら読んでいたそいつはいやな人だと言った。この女は嫌な人。だって、好きならひどいことしなきゃいいのに。愛し合っていたのに、呪いをかけるなんて。ほんとうは好きじゃなかったんじゃないか。そいつはいつもおれの知らない考え方をした。じいちゃんの話では呪いの被害者はあの女だったから。愛した人傷つけてしまうかわいそうな呪い。だから、そんな読み方もできるのかって感心した。

 

その日の帰り、そいつは階段から落ちた。

 

幸い何日か入院したら直る怪我だったらしい。落ちた瞬間、おれは隣にいて、おれだけが隣にいて、なのにまるで誰かに押されたみたいに不自然に落ちた。わめきながら腕を抑える彼女が、死んじゃうんじゃないかって、頭が真っ白になって、ふと昔言われた言葉が頭に入ってきて、それがずっとこびりつく。

「お前のせいだ」

おれがそいつをすきになっちゃったから、だからそいつは怪我をした。またおれのせいで、おれが、かかわんなきゃ……。

迎えに来たじいちゃんにそう言ったら、また頭をぽんぽんと叩かれた。

 

そいつとはそれ以来話さなくなった。そいつ以外は、そうだな、ちょっかいをかけてくるやつもいたが、なまじ腕っぷしが強かったからいじめられるようなことはなかった。ただただ遠巻きにされて、だんだん影が薄くなって、必要な時だけ話して、なんだ案外いいやつじゃんだとか。卒業の頃にはそこそこ、まあやってたと思う。

 

人とそこそこ喋ったりしながら、ただおれが好きにならなきゃいい、そう線を引いて過ごすのもだいぶ慣れたのもあったし、じいちゃんが思い通り体を動かせなくなってきてもう俺の面倒を見れないといってきたのもあって、中学は東京の遠い親戚の家から通うことになった。持って行くのはあの時の本と服、勉強道具。これまでの人生、スーツケース一つ分だ。もうこの町には戻らないようななんとなくそんな直感があった。

 

窓を勝手に開けると色とりどりの匂いが飛び込んできた。あの町で何度も見送った列車を思い出す。

さて、向こうには何があるかね