誕生日

ついにこの日が来てしまった。

 

何日も前から頭を悩ませていたこの日が。

去年のこの日も、例年のように口頭で祝言を送り、食事を好物にするにとどめていた。が、言われてしまったのだ。贈り物はないのかと。冗談めかして。それまでも勿論考えてはいた。敬愛する主人が生を受けた日なのだから喜ばしい日だと思っているし、祝われているのは素直に嬉しそうだから、たくさん祝いたい。その気持ちはある。けれど、贈り物の話となると別だ。

そもそも自分に贈れるものなど何があるだろうか。私が買えるものは彼も買えるものであるし、物選びのセンスは比較にならないほどなのだから、彼が選んで彼が買うのが、彼にとって良いのではないか。たとえ贈ってもお眼鏡にかなわず箪笥の肥やしになってしまったら。それを処分するのは私だからいいだろうが、もし気を遣われて、使いにくいものを無理して使わせることになってしまったら。そんなことを考えると、もう何も贈らないほうが良いのではと思ってしまうのだ。

それなのに、主人は贈り物をお望みだという。勿論彼の望みなら何でも応えたい。が、何を贈ればいいんだ。何が欲しいかも言ってくれればいいのに。

一応、用意はした。ただ、人に贈り物なんてしたことがないので、なんて言って渡せばいいかもわからない。それに気に入ってもらえるかという不安が付きまとうのだから、あとでも渡すタイミングはあるだろうと、気づけば夜になってしまった。

 

 

 

モースの様子がおかしい。

様子がおかしいと言っても、何かがいつもと違うわけではない。むしろ違わないのがおかしいのだ。去年までであれば朝一番に祝いの言葉があるし、何を言ってもまぁ誕生日だからなと許されているし、食事の支度にもより一層時間をかけているはずだ。それが。何か別のことをずっと気にかけているような。単純にこの日だというのを忘れているのか。どちらにせよ、デイヴィッドは面白くなかった。自分をいつでも一番にしろとは言わないが、そう思っているし、今までそうされてきた。それなのに、自分を布団に入れてしまったこの従者は。

「ねえモース」

呼び止めると少し困った素振りをして近寄ってきた。何か気がかりなことがあるなら、聞いてやってもいいし、聞かないでやってもいい。だが、それと主人の誕生日を祝わないのは別じゃないか?

「きょう。……僕、誕生日なんだけど」

アッ。しまったというような声を漏らして深々と頭を下げる。

「お誕生日おめでとうございます。」

とってつけたような言葉も気に入らない。不満げなのを隠しもせず詰った。

「忘れてたの?わるいこだなぁ」

「すみません、あの、贈り物を、用意はしていたのですが、……どうお渡しすればよいかわからなくて。」

胸ポケットから小さい包みが取り出された。一日中入れていたのか、その包装紙は少し曲がっていたけれど、そういうところで変に不器用な様が嫌いではなかったから。仕方ないなと、布団から体を起こす。

「なあに?…………筆記具?」

包装をはがしまじまじと見つめるのに耐えられなかったのか、要らなかったら捨ててほしいという従者にそれを返す。

「今日はもう遅いから明日使ってみるよ、ありがとう。そこに置いておいて。……あと、寝間着に着替えたらもどっておいで。」

そう告げると、今日の失態を取り返すかのように急ぎ足で戻っていった。

 

 

 

着替えて部屋に戻ると今年も寒くなってきたと布団の中に招き入れられた。半年以上ぶりの感覚にどうやって体を収めていたのか思い出せないでいる。額に当てられた指が弾かれ、そのあとにやわらかい感触がした。

「忘れてたのかと思った」

その夜は、不貞腐れてしまった機嫌を取り戻すため、如何に普段から敬愛しているか、誕生日を忘れるはずがないか、まぶたが重くなるまで言う羽目になった。