思えば、昔からそうだった。
向こうの一挙手一投足に振り回されて、死ぬ気で追いかけて、やっと追いついたと思ったら、いたのか、だなんてなんでもないように笑う。こっちがどんな気持ちでその背中を見ているのか、お前は知らないんだろうけど。
「アルト!あっちに行ってみよう!」
それは学校の裏の山。大人たちには勝手に行ってはいけない、ときつく言われているけど、
「行く!」
そんなのおとなしく聞いているおれたちではない。一度家に帰り、リュックにジュースとビスケット、お気に入りのグミを入れて意気揚々と歩きだした。
腕が回らないほどの木、自分の背より高い草、瞳に映るは自分の色。茶色と緑に囲まれた空間で、その彼女の色は浮いていた。染まってしまわず、ただ光を受けて輝く銀。幼いながらもそれがどこか神聖なもののように映った。
「…きれい」
くるっと振り向くと、にっと笑って言う。
「おう、森って感じだな!」
途中少し開けたところに来る。いつも見る学校帰りの空。それが上から見るだけでこんなにも違うものか。
「うわあ、学校あんなにちっちゃくなってるよ」
と指さすと彼女はもっと上を見ていた。
「まだ先があるんだ、ちょっと休憩してから行こ!」
木の窪みに二人寄りあって戦利品を分け合った。英気を養いまた上を目指していく。
「ハードゥちゃぁん、どこまで行くの?おれもう疲れたよ」
「頂上!まだ先があるんだもん、いけるとこまで行くの!」
ふんすふんすと足を進めていく。もう足が重くて、止めてしまいたかったけどおいてかれたらもう追いつけない気がしてリュックのひもを両手でつかみなおし、また足をあげる。
「…ねえ、もう暗くなってきたよ」
「大丈夫、もう少しでつくはずだから!」
根拠なんてないのだろう。ただ上だけを見て進んでしまう。
「まだ間に合うよ、帰れなくなる前に帰ろう」
やっと振り返った。下を向いて言う。
「そんなに言うなら、アルトは帰ればいいだろ。」
こちらは身を案じているというのに!いつも面倒を見ている妹を今日は連れていないから、普段できないのであろうやりたいことに付き合ってやりたい気持ちはあるけど、
「じゃあいいよ、おれは帰るからね!怒られても知らないから!」
そんなこと言うならもう着いてく義理なんてないしな!ふん!
夕食時、ふと思い出して言う。「ハードゥちゃん、帰れたかな」
母親の目の色が変わる。「なに、なんかあったのあんた」
「ちがうよ、おれわるくないよ。だってハードゥちゃんが帰らないって言ったんだもん」
慌てて否定してごまかそうとするも、そんなのが敵う相手ではない。すぐに問い詰められて、すべて話す羽目になる。
「あんたそれでハードゥちゃん帰ってなかったらどうするつもりなの!」
「だってぇ…」
ちょうどよいところに電話のベルが鳴る。母親の追及から逃れられる。そう安堵したのもつかの間。
「ええ、ええ…帰っていないんですか!」
これは…まずい。いくらなんでも。きっとハードゥちゃんのことだ。探しに行かなきゃ。そっと抜け出す。「待ちなさい!」が、できるはずなどなかった。「あんたまで迷子になるつもり!」でも、でも、だって、「ハードゥちゃんが帰ってこなかったらっ、、!探しに行かなきゃ!」涙で溶けそうな瞳にはしかし強い意志があった。「とにかく…せめて暖かい格好をしなさい。夜は冷えるんだから。」
車で山のふもとまで行き、母親と懐中電灯をつけながら進む。既に家族が連絡していたのか、数人の警察が来ていた。うちに来た電話を受けてから、山に来たらしくまだ捜索が終わってはいなかったようだ。こんな夜に一般人を入れることはできないと、いったんは帰宅を促されるも、一緒にここで遊んでいたんだ。何か手掛かりがあるかもしれない。それにこんな寒い中半そででさむがっているに決まっている。早く見つけてあげなければならないのだから、人手は多い方が良い。と母親の説得に押され俺たちは中に入れてもらった。歩いてきた道をたどりながら探す。子供の足ではまどろっこしいのか時折抱えられながら。
「それで、ここで学校が小さいねって見たの。」
小さくなった学校は闇に溶けて見えなくなっていた。目を凝らしても見当たらない。ハードゥちゃんもこんなふうに、見つからなくなっちゃうんじゃないか。心細くなりながら次に進む。
「そのあとここでお菓子を食べた。」
黙って持ってきたお菓子を食べたことで怒られるなんて今更だった。
闇の襲い掛かってきそうな窪みを指す。近づいたら、飲み込まれそうなそれに母親が光を当てた。そうすると跳ね返す銀色。太陽を照り返す時とは違った、でもこの空間に似合わない輝き。
「ハードゥちゃん!」
よかった、ほんとうによかった。しかし、彼女はこちらの心配など気づきもせずに目をこする。
「あれ、アルト戻ってきたの?」
ばかばか、こんなに人も集まって探していたのに暢気に寝てるなんて。彼女の胸でぐずぐず泣いているうちに後ろの大人たちは撤収を始めていた。
ふもとまで降りると一人の男性が近寄ってくる。
あ、おじさんと彼女はパタパタ駆け寄っていく。眠ってしまった少女を抱えながら彼は言う。
「ハードゥ、今から私は君を叱るよ。」
ん?と少し眠たそうな目で答えると、手が振り下ろされる。ゴンって、ゴンて言った。痛そう。離れている自分まですくみ上ってしまうが、彼女はバランスを崩した体を手を握りしめて立ち上がった。
「いけないと言われていたところに行って、帰ってこれなくなって、たくさんの人を心配させたね。今日は比較的暖かかったから、何ともなかったかもしれないが、これが雨が降っていたりしたら、眠ったまま起きられなかったかもしれなかった。そういう危険なことをしたんだよ。ただの好奇心で、もう誰にも会えなくなってしまうような、そういうことをしたんだよ。わかるかい。」
その声は一つ一つ言葉を選んで言い聞かせるような、それ故に重たい言葉だった。
「う“う”ぅ“…ごべん”な“さ”い”い“い”い“………………!」
しっかりと覚醒した目でしかし痛みによるものか何によるのかわからない涙は止められずに彼女は言う。
その姿を見て、膝をつき少女を抱えていないほうの手で抱きしめる。
「本当に無事でよかったよ。」
その後、彼らは迷惑をかけたと頭を下げて帰っていった。
帰宅後母親からこっぴどく叱られたのは言うまでもないが、その後も彼女は自由だった。別におれだってそこからいい子になったとかそういうわけではないけど、でもどうしても気になるようにはなるだろ。なんか放っておけないというか、目が離せないというか。どうしても、気になってしまう、存在ができたというわけだ。そう、確か、これが初めだった。それ以来ずっと振り回されている。まあ、腐れ縁ってやつだよ。